【読書ルーム(78) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス』第3章  プロメテウスの目覚め〜再び錬金術 4/5 】  作品目次

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【本文】

一九三九年の始めにオットー・ハーンがドイツの学会誌にウラニウムへの中性子照射の結果をまとめた画期的な論文とその続報というべき論文、計二つの論文を学会誌に掲載して以来、なぜか後続のドイツ発の論文は発表されなかった。ハーンが証明したとおり、中性子の照射を受けたウラニウムの一部はバリウムに変化し、また一部はクリプトンに変化していた。しかし、ウラニウムとは化学的性質の異なるこれらの物質を分離した後にも残ったウラニウムは照射後何日かの間、ベータ線を放った。

ウラニウム同位体が生成された結果かもしれない。」とマクミランは言った。「では、通常のウラニウム238よりも不安定なウラニウム同位体の原子量はいくつで、ベータ崩壊の結果生成される新たな物質は何なのだろうか?」

マクミランは熱心な後輩シーボーグの顔を仰いだ。「もしも、新たに生成された同位体の原子量が天然のものよりも一つ高い239だとしたら、原子量239の新元素の生成にあともう一歩ではないのか?」

 

マクミランは師のローレンスが開発したサイクロトロンによって重水素を加速してウラニウムに照射してみることにした。重水素は通常の水素の原子核に一個の中性子が加わったもので、一個の陽子と一個の電子からなるその化学的性質は通常の水素と同じながら、質量は通常の水素原子の二倍、アルファ線を構成するヘリウム原子核の半分である。

 

「高いボルティッジで照射すれば、重水素に含まれる陽子と電子が標的であるウラニウムになんらかの変化を及ぼさないはずはない。」とマクミランは語り、この方法で生成された物質が元素の周期律表でウラニウムの次に位置されるべき原子番号九十三番の新元素だということをほぼ確信していた。
ヨーロッパ大陸ナチス・ドイツの軍隊が進撃を続け、オランダ、ベルギー、フランス北部、ノルウェーなどを次々と手中に収めている間、マクミランとシーボーグはこの新しい試みに忙殺されていた。ところが、その年の秋、マクミランが突如、アメリカ東部ニュー・イングランドにあるマサチューセッツ工科大学のレーダー研究に招聘されることになった。サイクロトロンの操作方法などは完全に習得していたシーボーグは、マクミランが去った後の研究室で物理学者による指導なしで一人で極小の原子の世界に向かい合うことになった。しかし、この頃にはシーボーグはすでにこの研究課題に関しては後輩を指導できるほどの自信を得ていた。シーボーグは大学院を出たばかりのアーサー・ワールと大学院博士課程の学生ジョゼフ・ケネディーにマクミランが始めたサイクロトロンを用いたウラニウムへの重水素の照射方法を説明し、研究を手伝い、ジョゼフ・ケネディーに対してはその結果を博士論文にまとめてみる気はないかと誘いをかけた。


シーボーグ、ワール、ケネディーの三人による実験体制が固まり、シーボーグはウラニウムへの加速重水素照射の実験を再開した。この方法によって当初、半減期がたった二十三分のウラニウム同位体ウラニウム239が生成されることがわかっていた。そして、ウラニウム239がベータ線を発生しながら崩壊して生じる、半減期が二日余りの物質の化学的性質はシーボーグが今までに知る限りの全ての元素と異なっていた。


「この新物質に名前をつけて人工新元素の誕生として発表してもいいのだが・・・。」とシーボーグは考えもしたが、半減期が二日、すなわち数日から数週間でほぼ跡形もなく消え去る新元素を生成しただけで喜ぶのはまだ早いような気がした。「酸化ウラニウムに六十インチ・サイクロトロンから発生する加速重水素をぶつけてあっという間に消滅する何の役にも立たたない新元素を見つけたからといってそれが何だというんだ。」とシーボーグは思った。「この先にきっと何かがある。それは理論の躍進なのか、それとももっと他の、人類の利用に供することができるような新物質生成なのか、それはわからないが・・・。」

(読書ルーム(79) に続く)

 

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