「オッペンハイマー」 に期待するもの その1

 

ゴジラ ー0.1」のコメントで科学者四巨頭の名前を出しましたが4人の中でフェルミとコンプトンを演じた俳優の名前が上記の「みんなのシネマレビュー」の「オッペンハイマー」のページにもIMDBの同作品のページにも掲載されていないのですね。ということはこの科学者四巨頭会議はあまり大きくは取り上げられなかったようですが極秘裏に行われたこの会議は世界で唯一の被爆国である日本の国民と科学と生命、そして大量破壊兵器や戦争に関心がある世界中の良心のある人々にとって非常に興味深い視点を提供してくれるものだったようです。つまり会議の当初から「戦争は悪であり、1分1秒でも早く戦争を終わらせるためには日本への原子爆弾投下はやむを得ない。」と主張したコンプトンと医師である弟と共同で放射線医療を確立したローレンスの人間生命の絶対的価値を論拠にした反論が真っ向から対立し、2人の議論を黙って聞いていたフェルミが科学の成果は破壊と殺戮には決して使われてはいないと主張するに至って結論が出なくなってしまいました。日本人の1人であるわたしとしては2対1(ローレンス+フェルミvsコンプトン) で原爆の日本投下は否決なんじゃないかと思うのですが、まあこのシーンは作品中では良くてダイジェストしか期待出来ないようです。

 

この作品はオッペンハイマーの成功と凋落を描いたものだそうですがローレンスとエドワード・テラーを演じる俳優さんの名前が出ているということは原爆開発でのオッペンハイマーの役割を水爆開発で演じたエドワード・テラーとオッペンハイマーの友情と憎悪の物語は描かれていそうです。二人は世界大戦以前から同じ専門である理論物理学だけではなく一緒にカフェに入り浸って文学を論じる趣味も共通だった親友同士でしたがテラーは原爆開発でオッペンハイマーが自分の得意分野の部署のトップに別の科学者を任命し、さらに戦後、オッペンハイマーが水爆開発に反対したことから友情余って憎さ百倍という状態になって公聴会でドロドロの批難劇を演じることになるんです。エドワード・テラーの人と成りについては大変長いタイトルですが「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」というブラックユーモア作品で描かれています。その他のめぼしい科学者ではローレンスとニールス・ボーアの配役が記されていますがニールス・ボーア役がケネス・ブラナーというのは「えっ!!??」というのが感想です。なぜかというとケネス・ブラナーはキレキレの印象がある俳優さんでかたやニールス・ボーアは芒洋とした趣の人だったようでそれは残されているボーアの写真からもわかります。わたしとしては「Copengagen」でニールス・ボーアを演じたステファン・レイの方が合っています。なお「Copengagen」は登場人物がたった3人の非常に完成度が高い演劇作品で、この中で「007」でお馴染みになったダニエル・クレイグナチスドイツの御用科学者(物理学)のハイゼンベルクを演じていて、こちらもピッタリです。わたしはこの作品に感銘を受けて制作したPBSハリウッド社に「日本のテレビ局で放送できるようにしてください。」と直訴したのですが「むにゃむにゃ⋯。」とかわされてしまいました。どうやら原作者が「何語であろうが聴覚障害者向けであろうが字幕をつけてはダメ!  吹き替えはもっとダメ!」と頑張っているらしいです。

 

その他、行政側に名優の配役が目立ちます。マット・デーモンが科学者たちと政府のパイプ役を勤めたレズリー・グローブスでトルーマン大統領やヴァネヴァー・ブッシュの配役も記載されているということは行政側を結構描いているらしいですがわたし自身はあまり興味無いです。ただクリント・イーストウッドが監督を勤めた「父親たちの星条旗」に描かれているような涙ぐましい努力によってアメリカ政府は科学者たちの旺盛な資金要求に答えようとしたこととその根底には政府と科学者に共通するナチスドイツに対する恐れがあったことは記憶に留めるべきでしょう。ナチスドイツは狂人ヒトラーに統治され第二次世界大戦開戦直後に高純度のウラニウム鉱山のあるチェコスロバキアを、しばらくして植民地のコンゴウラニウム鉱山を持つベルギーを手中に収め、若干32歳でノーベル物理学賞を受賞した熱烈な愛国者ハイゼンベルクアメリカの複数の大学の招聘に応じずにドイツに居残っていました。実は、英米の科学者たちは日本の湯川秀樹仁科芳雄も評価していましたが、第二次世界大戦中に日本にはウラニウム鉱山が無いと思われていました。今では鳥取県人形峠に小規模のウラニウム鉱山があるとわたしたちは日本地理の授業で教わりますが、実は第二次世界大戦末期に日本の領土内で人形峠以外のウラニウム鉱山が発見されたのです。それは日本領だった朝鮮半島の北部、現在の北朝鮮でした。この発見のニュースがアメリカが広島・長崎に原子爆弾を投下する判断の引き金になったかもしれないというのは面白い仮説で今後明らかになるかもしれません。それからおそらくトレーラーに使われるシーンではないかと思いますが、NHKクリストファー・ノーラン監督へのインタビュー番組で劇中のある科学者がオッペンハイマー大量破壊兵器製造の意義を尋ね、オッペンハイマーは「ナチスドイツに勝つためにはやるしかない。」と答えていました。アメリカ政府内部で日本に対しても同じ恐怖心を持った可能性もあるのです。わたしは拙著「プロメテウス達よ」で英米の科学者に恐れられた日独の理論物理学者、湯川秀樹ハイゼンベルクのその後についても触れました。長らく個人的な理由で電子出版に取り掛かれなかったのですがこれからなんとか形にしていくつもりです。