【『プロメテウス達よ ー ××××】タイトルの由来

作品目次     【『プロメテウス達よ』前書き】

オットー・ハーンを作品の"トリ "に選んだ理由 (エピローグの前書き…ウェブ限定)

 

わたしが原子力開発関連の本を執筆していてその書名は暫定的に「プロメテウス達よ」に決めていると言った時に「そのタイトルは⋯。」と言った人がいます。SNS上で出会った本名が不明の方なのでどういう意図でそう発言されたのかは今もって不明ですが、実を言うとこのタイトルはパクリです。(書籍名には著作権というものは存在しません)。参考文献一覧(アルファベット順)のトップに掲げている”Bird, Kay, Sherwin, Martin “American Prometheus, The Triumph and Tragedy of J. Robert Oppenheimer“がその書籍です。初めてこの本をニューヨーク市立図書館で見た時、わたしは違和感を禁じ得ませんでした。この本を手に取るまでもなくわたしは第二次世界大戦中のアメリカのマンハッタン計画で科学者と技術者の頂点に立って采配を振るったロバート・オッペンハイマーの魅力的な人柄と自然科学を超えた幅広い教養について知っていましたがそれとは別に日本の広島と長崎に投下されて幾万人もの日本人を殺傷した原子爆弾製造を成功させた立役者にわざわざ「アメリカの」という形容詞つきで神の眷属プロメテウスの名前を与えていることに反感を抱きました。ですから本作品の執筆が相当進んだ段階でも本作品の書名に「プロメテウス」を採用するなどということは思いもよりませんでした。でも事実をなるべく順序立てて物語としてのインパクトがあるように配列する執筆をほぼ終えて前書きの執筆に着手した時、化学反応である第一の火を人類にもたらしたギリシャ神話の神の眷属である巨人プロメテウスから書き起こそうとしてふと思ったのは火はというものは人類に大きな恩恵をもたらし、プロメテウスは後の世でも決して人類にだけは憎まれてはならない存在ではなかった筈だということでした。(この点については拙著である歴史小説「黄昏のエポック- バイロン郷の夢と冒険」の第一話「レマン湖の月」の中の詩人シェリーの言葉をご参照ください。)  当時も今も、それこそ原子力開発に関心を持った小学校高学年の頃もわたしにとっての原子力開発の立役者はイタリア出身でアメリカに帰化したエンリコ・フェルミでしたからわたしにとってのプロメテウスは今も昔も変わらずフェルミフェルミが敵性外国人だったのにもかかわらずマンハッタン計画で主導的な役割を果たし、原子爆弾製造の拠点だったロス・アラモスに招聘されながら「商業発電がの目処が立つまで待って欲しい。」と何度か招聘を断ったことは原子爆弾で多大な被害を被った日本の国民ではなくてもフェルミを筆頭プロメテウスとするのが妥当だとする根拠になり得るのではないでしょうか。

 

しかしながら以上を勘案して、しかもオッペンハイマーを「アメリカのプロメテウス」と呼ぶことに反感を覚えながらも確実に言えることは人類にとっての第二の火である原子力は多くの科学者達の協力なくしてはもたらされなかったということです。というわけでわたしは今ではこの「プロメテウス達よ」という書名を自分でも大変気に入っています。なお上記英語書籍の書名の「アメリカの」という形容詞に反感を覚える方はわたし以外にもいらっしゃるかと思いますがその点は原子力開発が国境や文化を超えた科学者たちの協力の産物であり。現在に至るまでに複数の科学系ノーベル賞受賞者を輩出した国ならば最低限一人か二人の「プロメテウス」の名に値する科学者がいたということに言及しておきます。例えば日本では日本人ノーベル賞受賞者の第一号となり戦後には日本の原子力委員長を務めた湯川秀樹博士であり、フランスでは妻イレーヌ・キューリーと共にノーベル化学賞を受賞して戦後に初代フランス原子力委員長を務めたものの共産党への入党歴のために解任されたフレデリック・ジョリオ=キューリー、イギリスではさしずめ中性子を発見したジェイムズ・チャドウィックでしょう。そしてウェルナー・ハイゼンベルクは間違いなく当時において科学水準が世界に冠たるものだったドイツのプロメテウスのうちの一人でしたが彼が盟友エンリコ・フェルミと交わした核エネルギー解放の誓いは横暴な独裁者ヒトラーの政権下で遅延と頓挫を余儀なくされ、しかもハイゼンベルクは多くの連合国側の科学者との間で戦前に培った友情まで喪失してしまいました。それでもハイゼンベルクには不確定理論という(当時に於いては)純粋理論の提唱者でノーベル物理学賞受賞者という栄誉が残されたわけですが。近年のIT技術の発展においてハイゼンベルクの不確定性理論が電子工学などの応用面で大きく役立っているという科学史上のオチまで残っています。この物語をなるべく多くの若い人たちに読んでいただいて知識というものが、それがどんなものであれ人類にとっての宝であり力であり未来においてどんな具体的恩恵をもたらすかは未知数であっても追求するに値するということを知ってほしいと思います。

 

川本真理子

 

【参考】

ジュリアス・ロバート・オッペンハイマー (ウィキペディア)

エンリコ・フェルミ (ウィキペディア)

湯川秀樹 (ウィキペディア)

フレデリック・ジョリオ=キューリー (ウィキペディア) は、とりわけオットー・ハーンの分析とリーゼ・マイトナーによるその解釈の後、フェルミハイゼンベルクと同様に原子力エネルギーの利用を目指していたようですが彼と妻イレーヌ・キューリーの馴れ初めはマリー・キューリーとノーベル賞を共同受賞したアンリ・ベクレルに続いて人類の役に立つ各種の放射線を人工的に発生させることだったかもしれません。これは第一次世界大戦中にイレーヌが母マリーと共にレントゲン技師として従軍したことから十分推測できます。原子力発電以外の核エネルギーの利用を目指した科学者には医学研究者の弟を持ち第二次世界大戦中にウラニウム濃縮に従事させられたアーネスト・ローレンスがいます。また、フランスの原子力開発については作品の中でも言及しましたが、ナチスドイツの酷たらしい拷問によって絶命した科学者がいたこと、また実験データの破壊とナチスドイツの科学者らを欺くための撹乱策としてのデータ捏造というフレデリック・ジョリオ=キューリーの英断がなければより多くのフランス人科学者が命を落としたか、それどころかヒトラー原子力開発に関心を向けていたかもしれなかった可能性にも言及しておきます。

アーネスト・ローレンス (ウィキペディア)

アンリ・ベクレル (ウィキペディア)

 

ウェルナー・ハイゼンベルク (ウィキペディア)

ジェイムズ・チャドウィック (ウィキペディア)

オットー・ハーン (ウィキペディア)

 

詩人ジョージ・ゴードン・バイロン (ウィキペディア)

詩人パーシー・ビッシュ・シェリー (ウィキペディア) 代表作は「縄を解かれたプロメテウス」。

 

ちょっと宣伝

上の19世紀イギリスの詩人ジョージ・ゴードン・バイロンを主人公とする歴史小説の「黄昏のエポック」は民主主義と民族主義について表現したくて書いた拙著です。「黄昏」というのはナポレオンがフランス革命の理念である「自由・平等・博愛」標榜してヨーロッパをかき回した後、ヨーロッパ各国の政治体制が(少なくとも表面的には)退行し保守化していく中、理念は理念のまま念頭におきながら体制に抗った英国詩人バイロンと科学技術の可能性に期待を抱く友人の詩人パーシー・ビッシュ・シェリー、その妻で道徳的観点から科学万能主義に疑念を呈するメアリー・シェリー(怪奇小説フランケンシュタイン」の著者)、未来における福祉国家実現の青写真を抱く政治家で富豪のバイロンの親友ジョン・カム・ホブハウスらを描きました。

「黄昏のエポック」作品目次

【『プロメテウス達よ』前書き】

 

科学上の仕事は
砂上の家のような
征服者の栄華の夢とは
比較ができない。


寺田寅彦(一八七八年 ~ 一九三五年)
「相対性原理側面観」より

 

 


前言

 


紙も筆もない、文字もなく言語さえも今とは比べ物にならないほど稚拙だったと思われる太古の昔に、世界各地に存在した現在の人類の祖先、あるいは現在の人類の直系の先祖だった原人達は自然に生じた炎に興味をそそられ、火を生活に取り入れることに成功した。

 

火の使用によって、食物は風味を増し、食物摂取によって細菌性の病気に罹患する機会が著しく減り、さらには天日で乾かすかわりに火で焼くことによって強度を得た土器に乾燥させた余剰の食物を貯め、これが富の蓄積の源泉となった。

 


人類はその後、火からより高温の熱を得られるように工夫をこらし、熱によって金属を加工することを覚え、部族や民族間の衝突の解決手段として研ぎ澄まされた鉄で作られた武器を駆使して戦争を起すようになった。火は人類に富と力をもたらしたのである。

 


火とは酸素と他元素原子、あるいは他元素の分子との化合反応が放つ光と熱である。

 

西欧の二大文明潮流の一つであるヘブライニズムの祖、ユダヤ人は人類の祖先が知恵の実を食べて善悪を知るようになったことが人類と獣を分け、神の怒りをかったとする。一方で西洋文明のもう一つ潮流であるヘレニズムの担い手だったギリシア人は人類が酸素と他原子・分子との化合反応、すなわち火を制御したことが人類と獣を分け、オリンポスの大神ゼウスを激昂させたとする。

 


火を発見した人間の名前はギリシア神話では伝えられていない。ギリシア神話によると人類に火をもたらしたのは神の眷属である巨人のプロメテウスである。この行為によって大神ゼウスの逆鱗に触れたプロメテウスは地の果てに鎖で繋がれ、禿鷹などの猛禽類に日夜肉体をついばまれているが不死の肉体を持つため決して死ぬことができないという。

* *

 


紀元四世紀の西ローマ帝国の滅亡によってヨーロッパ世界は暗黒の中世に入ったとされる。しかし、三百年ほど後に勃興したイスラムの各王朝は学問を擁護し、高い文明を誇った東アジアやインドの王朝も高い学問水準を保った。これらの地域との交易を保ったヨーロッパ世界は十三世紀から十四世紀にかけてルネッサンスを迎えると今で言う物理と化学の両分野において天才的科学者を輩出し、近代の物質文明の礎を形成した。

* *

 

電気の発見と応用は確かに人類の生活に大きな利便をもたらした。しかしボルタ電池がそうだったように、電池は化学反応の可能性を探るうちにその一つの形態として発明されたと言える。動力を電気エネルギーに変える発電装置の発明も人類の知識パラダイムを覆す形でなされたわけではない。一方で本書がこれから語ろうとする複数のプロメテウス達によって人類にもたらされた核分裂の火は化学反応をはるかに超えるものである。その第二の火がもたらすエネルギー量は酸素と他原子あるいは分子との化合によってもたらされる第一の火のそれを桁違いに超え、その発生メカニズムはそれまでの科学の常識、例えばギリシアデモクリトスが唱えた物質の最小単位としての原子(アトム)の存在や元素の不変といった常識を覆えすことによって明らかにされた。

 


原子力という人類にとっての第二の火をもたらしたプロメテウス達は当然のことながらギリシア神話に登場する神の眷属ではない。プロメテウス達の誰を取ってみても並外れた知力を持つという以外は他と変らない、感情を持ち、他者と交わり、限られた人生を生きた生身の人間である。彼らは世界の果てに鎖でつながれることがなかったばかりか、彼らプロメテウス達の中で第二の火をもたらすために目に見える成果を収めた者はノーベル賞受賞などといった形で世界中から賞賛を受けた。しかし彼らが大胆にももたらした第二の火は人類全体に恩恵のみならず禍根をも残すことにもなった。恩恵はともかく禍根のほうについてはプロメテウス達だけに責任があるとは決して言い切れない。また受けた賞賛とは裏腹に限りある人生の終焉までその業績の故に悩み苦しんだプロメテウスもいたのである。なぜこのようなことが起きてしまったのか、それは第二の火を人類にもたらした プロメテウス達が鋭意活躍を開始した時が人類史上二番目にして最後であることを心から願わずにはいられない、あの第二次世界大戦の前夜だったからである。

* *

 


本書の物語の端緒を世界中の良識ある人々を嘆かせた第一次世界大戦勃発の何年か以前に設定する。

 

作品目次

 

「プロメテウス達よ」という書名の由来 に続く

 

 

 

【参考】

寺田寅彦 (ウィキペディア) 

青空文庫の寺田寅彦のページ

「相対性原理側面観」 (青空文庫)  

「アインシュタイン」 (青空文庫)

 

プロメテウスまたはプロメーテウス (ウィキペディア)

 

ヘブライニズム (ウィキペディア)

 

ヘレニズム (ウィキペディア)

 

 

【『プロメテウス達よ』エピローグに代えて】

「天然ウラニウム崩壊の発見から人工核分裂まで(オットー・ハーンのノーベル賞受賞講演)」7/7

 

この正真正銘の原子番号九十三番の超ウラニウム元素はベータ線を発するので、それは超ウラニウム元素よりもさらに原子番号の高い原子番号九十四番の元素に変化していくと結論づけられました。この物質は半減期二万四千年という極めて長い半減期を持ち、アルファ線を発生します。アメリカ人科学者のシーボーグはこの物質をプルトニウム原子番号九十三番の物質をネプテュニウムと名付けました。


原子番号九十三番の元素の同位体も生成されました。同位体ウラニウム二三八から別の方法によって生成されました。つまり、n,・2n 法と呼ばれる、高エネルギーの中性子によって生成されました。ウラニウム原子核を通過する一つの中性子を別のウラニウム原子の原子核に当てるのがこの方法です。その結果としてアルファ線ベータ線を発するウラニウム同位体ウラニウム237が生成されました。この同位体半減期が数百万年のネプテュニウムの同位体に変化していきます。


以上からわかるとおり、ウラニウム中性子を異なった速度で照射した場合に生じる物質は多岐にわたり、その過程は非常に複雑です。粒子照射の過程で他の反応とは無関係に、実験者の意図とも関係なく生じる核分裂に加えて、次のような結果が生じます。
(1)原子番号三十番から六十四番に至るまでの全ての元素を生成する核分裂
(2)核分裂の過程において、核分裂の連鎖反応を誘発する余剰の中性子が放出されること。
(3)「共鳴」と呼ばれる現象によって、あるエネルギー水準の中性子ウラニウム二三八に吸収され、ネプテュニウムやプルトニウムに変化していくウラニウム二三九が生成されること。
(4)ウラニウム二三八が余剰中性子を放出することによってウラニウム237とウラニウム235が生成され、これらからネプテュニウムの同位体が生成されること。
(1)の過程において、速度の遅い(高温の)中性子ウラニウムの中でも含有量が低い同位体のみに働きかけます。共鳴法によって高温・高速となる以前の中性子ウラニウムに吸収させる(3)の過程は(1)の過程と対になるものです。


ウラニウム中性子を吸収させないようにして核分裂の連鎖反応を可能にするかどうかは実験技術にかかっています。一方で、中性子を過剰に発生させる(2)の過程は共鳴を引き起こし、ひいてはプルトニウムを発生させます。もし、原子炉と呼ばれる大規模な設備内で連鎖反応がうまく制御されてプルトニウムが十分に得られれば、そしてプルトニウムウラニウムから分離されるならば、プルトニウム核分裂の連鎖反応を起こします。ウラニウム235においては連鎖反応を阻害する共鳴過程が生じないので、ウラニウム235も同位体であるウラニウム二三八からの分離に関してもプルトニウムと同じことが言えます。

 

ウラニウム235とプルトニウムの両物質は共にアメリカ合衆国で生成され、広島と長崎に投下さたれた原子爆弾の製造という結末をもたらしました。

 

 

(プロメテウス達よ 〜 原子力開発の物語 「前書き」 に続く)

 

【参考】

グレン・シーボーグ (ウィキペディア)

 

ネプテュニウム(ネプツニウム) (ウィキペディア)

プルトニウム (ウィキペディア)

 

 

ノーベル賞財団のサイトに掲載されているオリジナル(英文)  同講演の上記記録の11ページから13ページには同位体を系統的に整理した表が掲載されているので化学の知識が多少なりともある方には是非閲覧をお勧めします。

 

作品の目次

 

作品の大トリにオットー・ハーンを選んだ理由

オットー・ハーン (ウィキペディア)

『プロメテウス達よ』第6章 冷戦 〜 エプシロン作戦

Operation Epsilon (Wikipedia)

 

 

 

 

【『プロメテウス達よ』エピローグに代えて】

「天然ウラニウム崩壊の発見から人工核分裂まで(オットー・ハーンのノーベル賞受賞講演)」6/7  

 

物理と化学の両分野において研究は非常に早い速度で進展しました。ウラニウムからバリウムが生じたことを報告する論文を発表してからたった一年後にはL. A. ターナーが発表し、アメリカの「現代物理学誌」に掲載された「核分裂」と題された論文の文献目録には高原子量元素の原子核分裂に関する百を越える論文の名前が含まれています。


第二次世界大戦の間、カイザー・ウィルヘルム研究所の化学部ではたいへんに複雑な核分裂の過程について生成される物質の化学的な解明を目指す研究が組織的に行われ、数多くの新しい反応過程が発見されました。日本では中性子が速度を減じずに照射された場合ウラニウム核分裂は速度を減じた場合よりも対称的に生じるということが発見されました。一九四五年の始めには、私たちは表3のようなウラニウム核分裂の結果として間接直接に生じる生成物の一覧表を作成していました。生成物には原子番号三十五番の臭素から五十九番のプラセオジムに至るまでの二十五種類の元素、百を越える放射性同位元素が含まれています。一九三九年までは超ウラニウムだと信じられていた放射性元素は全てが核分裂によって直接発生したか、直接発生した物質が変化して生じたもので、ウラニウムよりも高い原子番号を取得できるものはこの中にはなかったのです。


物理学の研究は問題の本質からは別の方向に進んでいきました。この点において特に重要なものはすでに説明したジョリオによる研究でした。一九三九年の春、彼は核分裂の過程において常に二つ存在する新しい元素と並んで中性子が放出されるということを実証しました。


中性子ウラニウム原子核に作用することによって原子核から新たな中性子が解放されますが、解放された中性子は別のウラニウム原子核に当たり、また新たな中性子を発生させるのです。


もしも一個以上の中性子が新たに発生するならば、この過程は新たに発生する中性子全てがウラニウム原子に当たり、連鎖反応を繰り返し、核分裂を際限もなく繰り返すでしょう。この現象は小さな雪の玉が雪崩の原因となることもあるようにとてつもない規模の結果を招きます。このようにして、原子力の実際的な応用が初めて達成可能になったのです。カイザー・ウィルヘルム研究所化学部のフリュッヘが最初にこのことに言及しました。


十年ほど前にジョリオはノーベル賞記念講演を次のように締めくくりました。
「もしも、過去に戻って進歩の度合いを加速している科学が達成したことに注目するならば、私達は科学者が元素を自由に作り上げたり破壊したりすることによって本当の意味での化学的連鎖反応を実現し、爆発性のある物質をこしらえるのではないかと考えるでしょう。こうした物質変換が成功して広まっていくならば、膨大な量のエネルギーが解放されて利用に供されることが想像できます。しかし、不幸にして、このようなことが地球上であまねく行われるようになれば、そのような物質の激変は憂慮をもって見られるだけになるでしょう。天文学者は中程度の大きさの星が突如として大きさを変えるさまを観測します。肉眼では見えない星が天体望遠鏡なしでも見られるほど明るくなることがあり、このような星を新星と呼びます。恐らく、このような星の出現は星が擁する、私達の自由な想像力が目下考えているような爆発性の物質の変化によるのでしょう。これは科学者たちが、願わくば必要な注意を払いながらも実現したいと考えている過程です。」


十年前には私達の自由な想像力が作り出す絵空事にすぎなかったことがすでにある程度、脅威的な現実となっているのです。原子物理学上の反応によって生じるエネルギーは人類の手中にもたらされました。これは自由な科学的思考を助けるために使われるべきなのでしょうか、社会の発展や人類の生存状況の改善のために用いられるべきなのでしょうか?または、人類が何千年もかけて築きあげてきたものを間違って破壊してしまうのでしょうか?答えるのに躊躇はないはずです。そして世界の科学者たちは疑いも無く最初の選択肢を実現するために努力するでしょう。


後記

これから後、数段落を費やして天然ウラニウム放射能の研究を通じて原子核の分裂を人工的に引き起こすに至った過程の概略を示します。しかし、これはウラニウムが持つ可能性をつくすものではありません。ウラニウムは主として原子量二百三十五と原子量二百三十八の二種類の同位体からなっていますが、前者はウラニウム全体のたった百四十分の一を占めているにすぎません。しかしながら、今まで説明してきた、減速された中性子による驚異的な力によって引き起こされる核分裂の過程はほとんどこの希少な同位体にのみ生じます。リーゼ・マイトナーと私がウラニウムへの中性子照射によって生じる半減期二十三分の物質が疑いも無くウラニウム同位体であるということを示すことができたということはすでに述べました。(当初フェルミは、後には私たちも、この短命な同位体ウラニウムの人工同位体であると考えましたが、実際、この物質は核分裂による生成物でした。)寿命二十三分のウラニウム中性子の速度を調整する「共鳴法」と呼ばれる方法によって生成されました。この物質はベータ線を発したので、正に超ウラニウム元素と言える原子番号九十三番の元素がその物質から生じていたのに違いないのです。私達は原子番号九十三番の元素を作り出したいと思ってはいましたが、そのための準備が不足していたので生成された物質を特定することができました。後にこの物質はアメリカにおいてベータ線を発しながら二.三日で半減する物質であると特定されました。この物質の原子量は二三九です。

(プロメテウス達よ 〜 原子力開発の物語 「エピローグに替えて」 7/7 に続く)

 

【参考】

ノーベル賞財団のサイトに掲載されているオリジナル(英文)  同講演の上記記録の11ページから13ページには同位体を系統的に整理した表が掲載されているので化学の知識が多少なりともある方には是非閲覧をお勧めします。

 

作品の目次  

 

作品の大トリにオットー・ハーンを選んだ理由

オットー・ハーン (ウィキペディア)

『プロメテウス達よ』第6章 冷戦 〜 エプシロン作戦

Operation Epsilon (Wikipedia)

 

リーゼ・マイトナー (ウィキペディア)

『プロメテウス』第2章  新時代の錬金術師たち〜赤ん坊は難を逃れる 

『プロメテウス』第2章  新時代の錬金術師たち〜雪の日の知らせ

 

【『プロメテウス達よ』エピローグに代えて】

「天然ウラニウム崩壊の発見から人工核分裂まで(オットー・ハーンのノーベル賞受賞講演)」5/ 7

 

当初観察された放射能と放射性ランタニウムの生成による量の増大は両方のサンプルで観測誤差を考慮した場合同じでしたが、多種のバリウム塩の結晶化によって担体から放射性バリウムを分離することはできませんでした。放射性の生成物と担体は化学的に同一の物質であり、放射性生成物はバリウムに他ならないという結論が出たのです。


一九三九年一月六日付けで私たちが発表した試験結果は、その時までに原子物理学によって知られていた全ての現象に矛盾するものでしたが、発表時点において指標試験はまだ完了しておらず、私たちは試験結果の公表を控えめなものに留めました。しかし、私たちはウラニウム原子核が分裂した後に生成されるもう一つの物質として私たちは原子量が百前後の物質ではないかと考えました。つまり、(私たちが確認した原子量百三十八のバリウムと共に)原子番号四十三番で原子量百一の物質が生じるとすれば原子量の総和はウラニウムと同じ二百三十九になります。計測と原子環の確認が完了した後、私たちの実験結果に誤りがある可能性はさらに低くなりました。


私たちは完了した試験結果と原子環の問題を一九三九年二月十日付けで発表しました。この論文で私たちはトリウム原子核が分裂し、指標試験で確認した内容によれば、それが前回発表したばかりの現象と同様であると記しました。この論文で私は、実験後に不活性ガスとアルカリ金属の存在が確認されたことも記述しました。不活性ガスの性質も特定され、ウラニウムへの放射能照射の過程において気流を用いることによってそのガスを分離したこともその論文において説明しました。


放射性ストロンチウムと放射性イットリウムウラニウムの中から発見されました。ウラニウムからバリウムが生じたことを記載した最初の論文が発表された直後、リーゼ・マイトナーとオットー・R・フリッシュによる論文が初めて発表されましたが、その中で二人は原子量の高い元素の原子核が分裂して二種類の原子量の低い元素に変換し、生成された二種の元素の原子量の和が元の高原子量元素の原子量と一致する可能性について、ニールス・ボーアの原子モデルを参考にしながら述べています。


マイトナーとフリッシュはまた、周期律表に記載された元素の原子量に不整合性があることから、この反応によって極めて高いエネルギーが放出されると推測しています。分裂によって作り出された生成物に互いに反発しあう強いエネルギーがあるということはまずフリッシュによって実験で証明され、次にF.ジョリオによって証明されました。マイトナーとフリッシュはそれまでは超ウラニウム元素であると思われていた分裂によって生じた物質が実際には超ウラニウムではなく分裂によって生じた断片であることを証明しました。またそれらは放射線を当てられたウラニウムから離れても排力のエネルギーを蓄えるというこができました。ヨーロッパとアメリカの原子物理学会はたちまちのうちにして今までに述べた実験を確かめたり、あるいは内容を拡大して実施した結果を発表する論文で溢れ返りました。
この過程は九十二個の陽子によって正に帯電したウラニウム原子核が二つの原子核に分かれることによって進行します(注3)。もし、そのうち一つがバリウムであるとすれば、その原子核には五十六個の陽子が存在し、同時に原子核に三十六個の陽子を持つクリプトンが生成されなければなりません。この二つの物質が擁する陽子の数を足すと(ウラニウム原子番号の)九十二になります。しかしながら、ウラニウムバリウムとクリプトンの安定した同位体の原子量に着目してもわかるように、両者の質量数は共に大きすぎ、すなわち天然のものよりも中性子を多く持っているのです。したがって、両者ともにベータ線を発しながら陽子を多く備えた安定した物質に変わっていかなければならないのです。そして実際に、私たちが後に行った実験は実に多くの不安定な中間生成物を経てこれらが安定した物質に変化していくことを示しました。安定したクリプトンの同位体の中で最も大きい質量数を持つものは質量数八十六ですがウラニウム核分裂の過程では質量数八十八という不安定なクリプトンの同位体が生成されます。


(注3)「核分裂(英語:nuclear fission ドイツ語 = :Kernspaltung、 フランス語:fission nucléaire)」という言葉はマイトナーとフリッシュによって命名されました。


ウラニウム235は高温下で中性子照射によって分裂を起こします。このことはボーアが最初に発見しました。この分裂がウラニウム全体で生じる核分裂の大半を占めています。もしも、クリプトン八十八を生成する以外の反応がないとすれば、クリプトン以外に生成される物質の質量数は二百三十六から八十八を引いた百四十八になります。安定したバリウム同位体の中で最も大きい質量数を持つものは質量数百三十八なので(クリプトンと並んで)生成されるべき物質の質量数はこれよりも十大きいことになります。シュトラスマンと私は、二つ目の論文の中で、核分裂の過程において中性子がどの原子核にもつかずに放出される可能性に触れましたが、このことを初めて実験的に示したのはフレデリック・ジョリオでした。

 

(プロメテウス達よ 〜 原子力開発の物語 「エピローグに替えて」 6/7 に続く)

ノーベル賞財団のサイトに掲載されているオリジナル(英文)

作品の目次

 

オットー・ハーン (ウィキペディア)

『プロメテウス達よ』第6章 冷戦 〜 エプシロン作戦

Operation Epsilon (Wikipedia)

 

【参考】

リーゼ・マイトナー (ウィキペディア)

 

オットー・フリッシュ (ウィキペディア)

 

フレデリック・ジョリオ=キューリー (ウィキペディア)

 

 

 

 

 

【『プロメテウス達よ』エピローグに代えて】

「天然ウラニウム崩壊の発見から人工核分裂まで(オットー・ハーンのノーベル賞受賞講演)」4/ 7

 

この物質の分離は硫化バリウムを分離する方法ではなく、バリウム沈殿物を分離する方法で行われましたが、その方法によると表面に他の物質が吸着されます。しかし、塩化水素酸から結晶化して取り出すことが非常に容易でしかも他物質を吸着しない沈殿物として得られる塩化バリウムの形状で分離してみようとシュトラスマンが提案し、私たちはこの方法で分離を試みました。


放射線照射によるラジウムの生成は非常に顕著でしたが、エネルギーレベルを低下させた中性子の照射によってアルファ崩壊が同時に惹き起こされることはありませんでした。しかも、この方法によって「超ウラニウム」と目される複数の同位体が同時に生成されました。私たちは多方面に渡る実験を継続しました。しかしながら、準備はいつでも不足し、新種の同位体の中でも最も安定したものから発生するアルファ線さえ吸収されてしまったため、いつでも放射線照射をあまり受けない状態の生成物質の厚い層を分析することになってしまいました。したがって、私達はこの人工的に生成されたラジウムを分析が容易な被覆体としてバリウム単体からできる限り多く分離しようと努力を傾けました。これはマリー・キューリーが採用し、私たちが長年親しんできた部分結晶化の方法で実行されました。三十年前に、私はリーゼ・マイトナーと共に、この部分結晶法を用いてラジウム同位体の一つであるメソトリウムをバリウムから分離しました。


もっと最近では、多くの共同研究者たちの協力を得て、ラジウム塩やバリウム塩が混合結晶を形成する過程が統一的に明らかにされました。人工的に生成されたラジウム同位体バリウムから分離する試みはうまくいかず、ラジウムを濃縮した形で得ることはできませんでした。この失敗を実験準備の不備で説明することは自然でした。同位体の分離といってもほんの数千個の原子を集めるという話で、それらの存在はガイガー=ミュラー計数管によって知られるだけなのです。極少量の原子は大量に存在する放射能のないバリウムに埋もれてしまい、その量の増減さえもわかりません。バリウムが非常に純粋なバリウム塩として結晶・分離されてもその状況は同じでした。


この状況を確かめるために、私たちは天然に存在するラジウム同位体のメソトリウムとトリウムXをわずかばかり使って試験を繰り返しました。これらの物質や放射線崩壊による生成物質は混入元の物質から細心の配慮と手順が確立されている希釈法によってはっきりと分離されますが、ガイガー=ミュラー計数管によってその存在が確認されるよう、手はずが整えられました。結晶化は塩素、臭素、そしてクロム酸塩を使って実行されましたが、常にバリウム塩を担体として使用しました。


その結果、ラジウムの場合に予測されたのと同様、メソトリウムとトリウムXはまずそれらの塩化化合物の結晶として、実際、私達が従前の実験で期待していたのと同じようにまとまった形で凝縮しました。これによって、周到な実験準備によって極小量の天然のラジウム同位体も全く同様な結果をもたらすことが証明されました。


最後に私たちは「直接指標試験」と呼ばれる試験を実行しました。私達は天然のラジウム同位体を私たちが生成し、放射性崩壊によって生成された他の物質から分離した人工ラジウム同位体と混ぜ、その混合物からこれまでと同じ部分結晶法によって結晶を取り出そうとしました。その結果、天然ラジウムバリウムから分離されるものの人工的に生成されたラジウム同位体とみられる物質は分離されませんでした。


私達はそれらの結果をまた別の方法でも確認しました。もしも人工的に生成されたアルカリ土族の同位元素がラジウムであるとするならば、それがベータ崩壊してできる物質はアクティニウムを含んでいなければなりません。つまり、原子番号八十八番のラジウム原子番号八十九番のアクティニウムになるはずなのです。それに対して、もしもこの物質がバリウムだったとすれば、生成される物質はランタニウムでなければなりません。原子番号五十六番のバリウム原子番号が一つ上の五十七番の物質になるはずなのです。アクティニウムの純粋な同位体であるメソトリウム2を使って私たちは指標試験を実施しました。つまり、メソトリウム2をその存在が知られてういる人工ラジウム同位体の一つに混ぜ、キューリー夫人が実行したのと同じアクティニウムとランタニウムの化学的分離の方法を実行してみたのです。酸化ランタニウムをアクティニウムと共に部分結晶させる過程ではアクティニウムが最終的な結晶物質として凝縮しますが、実際にはこれをアクティニウムの同位体のメソトリウム2に置き換えるわけです。しかしながら、私たちが「ラジウム同位体」と呼んでいた放射線崩壊後の残存物質をランタニウムから分離することはできませんでした。この、アクティニウムと考えられていた人工希土類元素は実際にはランタニウム、つまりアルカリ土類の同位体であり、私がちがラジウムだと信じていた物質は人工的に生成された放射性バリウムだったのです。ラジウムからランタニウムを生成することはできず、バリウムからしかランタニウムを生成することはできないのです。


この事実を更に確かめるために私たちはバリウムの原子環を調べることにしました。私たちはバリウムであることが確かめられた存在する中で最も安定した放射性同位元素を放射線崩壊によって生じたその他の生成物や不純物から非放射性バリウムの再結晶の方法によって分離し、そのうち四分の一を比較のために保管し、残りに対してバリウム塩、バリウム琥珀酸塩、バリウム硝酸塩、炭化バリウムバリウム・フェリ磁性体塩などの形での結晶化を行いました。これらのバリウム化合物をほとんどの場合においてみごとな結晶に変換した後、実験によって生成されたバリウム塩と再結晶させた比較用のサンプルを同量取り出し、同じ厚さの層にして同一の計測器によって計測を行いました。

(プロメテウス達よ 〜 原子力開発の物語 「エピローグに替えて」 5/7  に続く)

 

 

【参考】

ベータ崩壊 (ウィキペディア)

アルカリ土類または第2族元素 (ウィキペディア)

ガイガー=ミュラー計数管 (ウィキペディア)

 

ノーベル賞財団のサイトに掲載されているオリジナル(英文)

 

作品の目次

 

作品の大トリにオットー・ハーンを選んだ理由

オットー・ハーン (ウィキペディア)

『プロメテウス達よ』第6章 冷戦 〜 エプシロン作戦

Operation Epsilon (Wikipedia)

 

 

 

 

 

 

【『プロメテウス達よ』エピローグに代えて

「天然ウラニウム崩壊の発見から人工核分裂まで(オットー・ハーンのノーベル賞受賞講演)」3/7

 

リーゼ・マイトナーと私は、この十三分の寿命しかない元素がプロタクティウムの同位体であるのかどうかをつきとめるためフェルミの実験を繰り返すことにしました。プロタクティウムは一九十七年に発見され、私たちはすでにその化学的性質を熟知していたので、私たちはこのように決めたのです。その上、ベータ線を放つ原子番号九十一番の元素の同位体は、私がウラニウム塩の中で発見したウラニウムZと呼ばれる、半減期が実験に支障のない七時間ほどの物質と同一であるということで私たちの間で知られていました。


「標識子法」と呼ばれる方法を使用することによって、私たちはフェルミが生成した寿命が十三分の元素がプロタクティウムでもなければウラニウムやトリウムの同位体でもないということを証明することができました。当時の科学的知識からすればフェルミの主張は正しく、寿命が十三分の元素は周期律表でウラニウムの次に位置する新元素だと結論できることもでき、その他の可能性を考える者はいなかったということを指摘しておきます。中性子の発見と人工的な放射線源の応用によって原子核内部において通常では起こりえない多くの反応が発見されました。それらの反応がもたらすものは常に放射性同位元素か周期律表で一つあるいは二つ上位に位置する元素でした。すなわち、質量の高い原子核が分裂して二つ以上の質量の低い原子核が生成されるという可能性は完全に可能性から外されていたのです。

 

フェルミが生成した寿命十三分の元素やフェルミがもたらした意味に関してはあまりはっきりしていないその他の実験結果を検証するうちに私たち、すなわち私とマイトナー、後には私とシュトラスマンは、現存する周期律表で最高位に位置する元素の放射線放出の現象は当初考えられていたのよりもずっと複雑であるということを発見しました。最初に研究の内容を明らかにした時にフェルミと共同研究者たちは一つは半減期十秒、もう一つは四十秒でベータ線を発する二種類の原子があることに触れています。これらの物質は天然ウラニウム中性子線を吸収させることによって人工的に生成されたウラニウムの放射性同位元素であるとフェルミらは当然のように考えました。リーゼ・マイトナーと私はこれらに加えて半減期二十三分の物質を発見し、それがウラニウムの放射性同位元素であると結論づけました。フェルミが生成した、ウラニウムと共に存在する寿命の極めて短い放射性物質が何であるのかについて推論はなされましたが、結論を得ることはできませんでした。半減期二十三分の元素は「共鳴過程」と呼ばれる放射線を発しない別の過程によって生成されました。


私とマイトナー、シュトラスマンが行った長年にわたる共同研究によって多数の放射性同位元素が得られましたが、それらは全て、極めて短命なウラニウム同位体と見られるベータ線を放つ物質から間接、直接に得られたものであり、その意味でウラニウムが移行してできた、周期律表でウラニウムよりも高位に位置する「超ウラニウム」と呼ばれてもよい物質でした。それらの物質の化学的性質は、それらの物質が様々な元素族に所属していることを示し、それらの物質が多くの場合において元々存在した放射性物質からゆっくりと変化していって生成されるということをはっきりと観察することができました。この生成過程はいわゆる原子番号九十五番と九十六番に至るまでの元素で観察できました。また、同様の実験を試みた研究者らも同じ結果を確認していました。


私とマイトナー、シュトラスマンがこのような「超ウラニウム」に関する研究を行っていた一九三七年と一九三八年、キューリーとサヴィッチはウラニウム中性子を照射することによって半減期が三時間半の物質を生成しましたが、その物質の化学的性質を特定することはできませんでした。キューリーとサヴィッチによれば、その物質は希土類に属しているように見受けられ、ランタニウムに近い性質も備え、「部分的結晶化」と呼ばれる過程によってのみランタニウムから分離することができたとのことでした。


キューリーとサヴィッチは考慮した末、その物質を「超ウラニウム」の一群に加えることにしましたが、彼らによる生成過程の説明は難解かつ不完全なように見受けられました。半減期が三時間半のこの物質が「超ウラニウム」の一群に加えられたので、私とシュトラスマンは同じ物質を生成してみようとしました。慎重な実験の結果、私たちは驚くべき結果に遭遇しました。それは要約すると次のようになります。


「私とマイトナー、シュトラスマンが生成した複数の『超ウラニウム』元素に加えて、アルファ線照射を二度にわたって繰り返すことによって三通りの異なる半減期を持ち、全てベータ線を放出するラジウムの放射性同位元素が生成され、それらは次いでベータ線を放出するアクティニウムの同位元素への変化したのです。」生成された物質の化学的性格はそれらがラジウムまたはバリウムであることを示していましたが、ラジウム同位体が生成されたということだけが唯一の可能性でした。当時の物理学の常識から考えて、バリウムが生成されるということは考えられなかったのでラジウムだけが可能性として残されたわけです。

(プロメテウス達よ 〜 原子力開発の物語 「エピローグに代えて」 4/7 に続く)

 

【参考】

リーゼ・マイトナー (ウィキペディア)

エンリコ・フェルミ (ウィキペディア)

半減期 (ウィキペディア

放射性同位体 (ウィキペディア)

放射性同位体半減期順一覧 (ウィキペディア)

ウラニウム (ウィキペディア)

トリウム (ウィキペディア)

ラジウム (ウィキペディア)

ポロニウム (ウィキペディア)

アクティニウムまたはアクチニウム (ウィキペディア)

ランタニウムまたはランタン (ウィキペディア)

プロタクティウム

 

 

[ノーベル賞財団のサイトに掲載されているオリジナル(英文)]

 

作品の目次

 

作品の大トリにオットー・ハーンを選んだ理由

 

オットー・ハーン (ウィキペディア)

『プロメテウス達よ』第6章 冷戦 〜 エプシロン作戦

Operation Epsilon (Wikipedia)