【読書ルーム(66) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス』第3章  プロメテウスの目覚め〜預言者たちは走る 7/7】  作品目次

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【本文】

アインシュタインは納得した。ボーアを始めとする多くの科学者が「核分裂の利用は理論的には可能だが、数トンのウラニウム235が必要とされるので実現の可能性はきわめて低い。」と断言していたが、根拠はどうあれ、たった数百キロの天然ウラニウム核分裂の継続的な連鎖反応を起こしてみせると言っている者がいる以上、ウラニウム235のウラニウム238からの分離に関してもどんな革新的な考案がそれを可能にするかもしれなかった。ただ、核分裂の連鎖反応とウラニウム235の分離がナチスが支配するドイツで実現しないことだけをアインシュタイン、シラード、ウィグナーの全員は願った。三人はヨーロッパやドイツの政治情勢についても語り、大統領ルーズベルトに意見書を提出するとしたらどのような内容と構成にするのが効果的か話し合った。

 

八月二日になり、ルーズベルト大統領に提出する意見書をタイプライターで清書したシラードは、今度はエドワード・テラーが運転する車でアインシュタインの別荘に向かった。シラードが書き上げた手紙の内容は以下のようだった。

 

アメリカ合衆国大統領

フランクリン・D・ルーズベルト閣下

拝啓

最近、明らかにされたE.フェルミとL.シラードの研究の結果から私はウラニウムという元素が近い将来において新しく重要なエネルギー源になることを期待するに至りましたが、目下の状況から鑑み、このことに関しては可能であれば行政の側からの助力もいただき、慎重な対処が要求されると考えられます。したがって、以下のような事実と提案を掲げて大統領閣下のご関心を仰ぐことが責務であると私は考えます。

 

過去、四ヶ月間にフランスのジョリオとアメリカのフェルミ、シラードらは大量のウラニウムの核に連鎖反応を引き起こすことによって多量のエネルギーを放出されラジウムのような物質が生じるという可能性が明らかになりました。近い将来にこれが実現されることも今ではほぼ確実になっております。

この新たに発見された現象は新種の爆弾の製造につながるかもしれず、その場合、まだ確実ではありませんが、その爆弾の威力は今までに例を見ない規模のものになるということが考えられます。この繻の爆弾が船で運ばれてどこかの港で爆発したとしたら、その港だけではなく近接する地域全体を悉く破壊するようなものになるかもしれません。この爆弾は、しかしながら、飛行機で運ぶのには重すぎるかもしれません。

 

アメリカ合衆国には埋蔵量が多いとは言えずウラニウム含有量の低い鉱石しか産出しないウラニウム鉱山しかありませんが、カナダとチェコスロバキアには良質のウラニウムを大量に産出する鉱山があり、世界で最も優れたウラニウム鉱山はベルギー領コンゴに存在します。こういった事実から鑑み、アメリカ国内で連鎖反応の研究を行っている物理学者と行政府との間で恒常的な情報交換が行われることが望ましいのではないかと考えられます。あるいは、大統領閣下が個人的に信頼がおけると判断された人物が極秘裏に以下のような職務を遂行することが望ましいのではないかと思われます。

 

a)政府の関係各省庁に開発の成果が伝えられるようにし、それらの各省庁がウラニウムの供給や確保に関して

必要な対応を取れるようにすること。

b)必要であれば補助金の交付によって目下のところ各大学において限られた予算の範囲内にのみにおいて行われている開発研究を加速し、個人的による財政的な援助の可能性を探し、あるいは企業の研究設備の使用を可能にすること。

 

私はドイツが占領下にあるチェコスロバキアウラニウム鉱山で採掘されたウラニウム鉱の領域外への持ち出しを禁止したという報道に接しました。ドイツ国務省長官の息子で物理学者のカール・フリードリッヒ・フォン・ワイゼッカーがアメリカで行われているのと同じウラニウムの研究を行っているベルリンのカイザー・ウィルヘルム研究所に特別に派遣されたという事実もあります。このことによってもドイツ政府のウラニウムに関する措置が何らかの動きの前兆であるということを推測することができます。

敬具

一九三九年八月二日

アルバート・アインシュタイン

 

アインシュタインが署名した手紙をどのようにしてルーズベルト大統領に確実に渡すかがニューヨークに戻ったシラードの大きな課題になった。シラードは金融の中心ニューヨークで自分と同様にナチスの手を逃れてヨーロッパからアメリカに渡った社会科学系の学者で大統領の政策に関わっている者を捜し求めた。ドイツから来た経済学者のグスタフ・ストルパーが真っ先に候補に上がり、次にストルパーを介してロシア出身でルーズベルト大統領のニューディール政策に助言を行った経済学者のアレキサンダー・サックスを知ることができた。ナチス・ドイツ核分裂を応用した兵器を開発する、それは同胞が大量に虐殺される現実に接したユダヤ人のシラード、アインシュタイン、テラーらにとって、実現する可能性の極めて高い悪夢だった。アレキサンダー・サックスはシラードらの懸念を汲み、専門外の原子物理の理論に関して自分なりに納得がいくまで物理学者たちと会見を重ねて理解することにやぶさかではなかったが、受け取ったアインシュタインが署名した手紙をすぐにはルーズベルト大統領の手に渡すことはなく、長期間に渡って手元に大切に保管したままにしておいた。サックスは事実をより良く理解し、できるならばせっかくのアインシュタインの署名入りの手紙を効果的に大統領に手渡し、大統領が抱くかもしれないあらゆる疑問に対して大統領が満足するに足る説明を自ら行うことによってシラードらの努力に効果的に報いたいと考えた。

(読書ルーム(67) 時は移る に続く)

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【参考】

アレクサンダー・サックス (= Alexander Sachs ウィキペディア 英文)

 

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