【読書ルーム(70) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス』第3章  プロメテウスの目覚め〜時は移る 4/8 】  作品目次

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【本文】

大統領として三期目の任期に入ったばかりのフランクリン・ルーズベルトはかねてから、同じ民主党のウィルソン大統領が国際連盟を創設して世界平和を唱導したのにもかかわらず、第五代大統領モンローが提唱した孤立主義、いわゆるモンロー主義を盾にする共和党の反対でアメリカが国際連盟に参加できず、世界平和に対してそれ以上貢献することができなかったことを残念に思っていた。ルーズベルト大統領は自由と民主主義の理想国家たるべきアメリカがいつの日か世界を導くことを信じていた。しかし、今は静観すべき時だった。しかも新型の大量破壊兵器の開発は、それがいくら大規模な雇用や研究を促進して経済活性化の新たな誘い水になろうとも、所詮テネシー峡谷に発電所を建設するのとはわけが異なっていた。大統領は平和主義者と国内に根強い孤立論者とを無用に刺激したくなかった。ましてや兵器開発などを政府主導でおおっぴらに進めれば、それは敵国となる可能性を秘めた狂気のナチス・ドイツまでいたずらに刺激することになる。しかし、コロンビア大学などで行われ入る原子の研究が真に画期的なエネルギー源の開発につながるのならば、あるいは、そうでなくても学問的に有意義な内容であれば、学問の自由が保障されている国アメリカでは政府が関与するまでもなく科学者たちはこぞって研究にうちこむに違いない、と大統領は考えたのであろう。

 

政治や学問に関するこのような原則にもかかわらず、一旦事の次第を飲みこむと大統領が行動を起こすのは早かった。サックスと面談してウラニウム爆弾の可能性を知らされてからわずか十日後にはその分野に明るい科学者が大統領官邸に招聘され、アインシュタインが署名した大統領宛ての手紙について熱い議論が戦わされた。国防調査委員会と名付けられたその委員会はそれから約十日後の十一月始めに大統領に報告書を提出したがその内容はアインシュタインやシラード、テラーらが予見しフェルミが取り組んでいるウラニウム原子核の継続的な核分裂とそれによるエネルギー放出の可能性を肯定も否定もするものではなく、ただ「それが可能だと考えている科学者たちにやらせておけばいい。ついてはコロンビア大学フェルミの研究チームに酸化ウラニウム五十トンを補助として与えてみてはどうだろうか。」と提案しただけだった。しかし、五十トンもの酸化ウラニウムを調達する術はなく、ヨーロッパの戦況への対応に心を奪われていた大統領とその側近は遠い可能性を秘めたウラニウム爆弾の開発については国防調査委員会などの下部機関に全てを任せきっていた。軍事予算増強の提案でさえヨーロッパからの孤立を選ぶ連邦議員は難色を示すのに、実現可能性も不確かなウラニウム爆弾の開発に大統領や政府が積極的に肩入れするわけにはいかなかった。

 

その年の暮れになってもアメリカの科学者たちは政府がウラニウムの使用に関する小委員会を設置したという知らせの他には政府の何らの動きも知らされることはなかった。生粋のアメリカ人科学者の中ではおそらく最初にシラードらの考えに共鳴したカリフォルニア州立大学バークレー校教授で夢見る実践家と呼ばれていたアーネスト・ローレンスは「ホワイト・ハウスは一体何を考えているんだ。」と不満をつのらせた。ルーズベルト大統領に宛てたアインシュタインの手紙の発起人となったシラード以下、東欧と北欧出身のユダヤ系科学者たちの苛立ちは言うまでもなかった。

 

シラードらは各種の情報源からの断片的な情報からドイツ国内で進行中の出来事を推測していた。オットー・ハーンによる一九三八年暮れの核分裂の確認の直後にハーンは核分裂に関する論文を発表したが、アメリカでシラードらが核分裂に関する研究成果の発表を控えさせようと腐心したのと同様、ドイツでもハーンによる間髪を入れない研究成果の発表は反感を招いたことが推測できた。前年の一九三九年四月に教育相の主催で開かれた国内原子物理学会にハーンの共同研究者らが招待されたにもかかわらず、研究の立役者であるハーンは招待されなかった。この話はハーンの共同研究者から自然科学の専門誌を発行しているドイツの出版業者を経てシラードらのもとに伝えられた。

(読書ルーム(71) に続く)

 

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