【読書ルーム(71) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス』第3章  プロメテウスの目覚め〜時は移る 5/8 】 作品目次

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【本文】

翌一九四十年三月になり、カイザー・ウィルヘルム研究所のオランダ人所長ペーター・デバイがナチスを嫌ってアメリカへの亡命を決意したという噂がデバイがアメリカへの途上で立ち寄ったイギリスから伝わってきた。イギリスに到着したデバイは、ドイツにおいては国立カイザー・ウィルヘルム研究所の各研究者を監視するために軍隊が研究所内に派遣され、同研究所が今や国策に奉仕する機関に成り果てているということ、核分裂の発見に重要な役割を果たしたオットー・ハーンが前年四月の国内原子物理学会に招待されなかったのは表向きにはハーンが物理学者ではなく化学者だからであるが、実際、ハーンが「核分裂が兵器の製造に応用されたりしたら私は自殺する。」と半ば公然と語っていて、誰もがハーンはナチスの国策を進める研究には向いていないと考えていることなど、ドイツで進行中の出来事に関してつぶさに語った。また、デバイはカイザー・ウィルヘルム研究所の原子物理学や放射線化学の分野で起きつつあった人事や予算の変化について詳細な情報を提供したが、何よりも、天才的な原子物理学者のハイゼンベルクがデバイが去った後に同研究所の所長に就任することがナチス原子力開発に対する関心を示しているとアメリカ国内でドイツによる原子力開発の可能性を憂慮しているようにシラードらには思えた。

 

ヒトラーナチス・ドイツ核分裂を利用した兵器の開発に乗り出している。」こう判断したシラードと同志の科学者たちは今一度アインシュタインを動かして大統領に二通目の手紙を差し出すことにした。しかし、国防調査委員会、アメリカ陸軍、戦略工作局xxxv[9]は提言を行ったこれら外国出身の科学者たちには察知できない水面下で核分裂の兵器製造への応用の可能性、必要とされる予算、敵国ドイツの動きから開発に携わることになる科学者たちの身上にいたるまでの調査を行っていたのである。二月初旬、国防調査委員会は今回は大統領ではなくワトソン将軍に対して陸軍か海軍の予算から六千ドルというわずかながらの金額を補助金コロンビア大学フェルミの研究チームに差し出す可能性を打診した。

 

シラードらが起草し、三月七日にアインシュタインが署名した大統領宛ての二通目の意見書は三月十五

日に今回もアレキサンダー・・サックスの手によって首都ワシントンDCに運ばれたが、サックスはワトソン将軍に面会して手紙を手紙を手渡すことができただけで、この件で大統領と面会することはできなかった。サックスはこの時までにアインシュタインに直接会って核分裂がもたらす帰結を完全に理解していたが、国防調査委員会が六千ドルというほんのわずかの支出による協力を軍隊に対して要請したというだけでは満足するわけにいかなかった。サックスが二回目の努力の結果として得たものは研究成果の報告書を呈示するようにという国防調査委員会からの要請だけだった。アインシュタインがこの時に署名し、サックスが大統領官邸に運んだこの手紙をルーズベルト大統領は終に読むことはなかった。大統領は同じ研究テーマへの関心がコロンビア大学だけではなく他大学や民間企業の研究所などでも盛り上がるのを辛抱強く待つことに決めていた。

(読書ルーム(72) に続く)

 

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