【読書ルーム(67) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス』第3章  プロメテウスの目覚め〜時は移る 1/8 】  作品目次

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【本文】

その夏もフェルミローマ大学の教授だった一九三○年からほとんど毎年恒例になっていたミシガン州立大学アン・アーバー校の夏期講座の講師を務め、アメリカを訪問中のハイゼンベルクはマックス・ボーン(ボルン)教授門下で知り合って今や共にノーベル物理学賞の受賞者となったフェルミにアン・アーバーで再会した。フェルミを最初にミシガン州立大学にした招待したオランダ出身の物理学者ゴードスミット(オランダ語 = ハウシュミット)が二人を自宅で歓待した。

 

エリー湖に近い学園都市アン・アーバーのゴードスミットの家の庭で、ドイツで共通の青春の日々を過ごした三人の科学者は昨年暮れに発見された核分裂について活発に意見を交わし、核エネルギーに関する夢と抱負を語り、ビールを酌み交わした。原子核に秘められているエネルギーを自由に使用に供することができるようになれば、それは鉱物資源であるウラニウムを原料とし、生物体を起源として地球上に限られた量しか存在しない石油、石炭、天然ガスなどの化石燃料の消費の節減に繋がり、酸素を消費せず、二酸化炭素を排出することもない、人類全体にとっては正に第二の火とも言うべき夢のエネルギー源となるのである。

 

フェルミが念頭に置いていたのは、中性子線を受けて核分裂を起こすウラニウム235と中性子を吸収する傾向のあるウラニウム238が混在する天然ウラニウムを用いて穏やかで継続的な核分裂反応の連鎖反応を惹起し、その結果として放出されるエネルギーを発電などの平和目的に使用することだった。従って、フェルミは自分が目指している核分裂の連鎖反応の惹起は大量破壊兵器の開発とは全く無関係だと考えていた。核分裂大量破壊兵器に応用するためには天然ウラニウムの一パーセント弱しか占めず、残りのウラニウムと化学的性質が全く同一のウラニウム235を天然ウラニウムから分離するという、気の遠くなるような工程を経ることが前提なのである。

 

一方、ハイゼンベルクもまた、フェルミと同じく、新しいエネルギー源となる核分裂に大きな夢と期待を抱いていたが、同時にウラニウム235の分離さえ可能であれば、同じ核分裂の原理が恐るべき大量破壊兵器の作製に応用されることも理解していた。ただ、ハイゼンベルクは研究に多大な労力と時間を要するであろう核分裂の実用化が、それが原子力発電であれ原子爆弾であれ、ナチスがドイツを支配しているうちには実現されることだけはないと思っていた。政治や経済に疎いハイゼンベルクは、優秀なユダヤ人の同僚を国外に追放し、レナートなどの頭の固い科学者が幅を利かせることを許すような狂信的なナチス政府は早晩、国民の支持を失ってより良い政権に取って替わられるに決まっていると楽天的に信じていたのである。

 

 


ゴードスミットが指導している何人かの学生が二人のノーベル賞受賞者を歓待する屋外パーティーの給仕役をかってでているのを見て、フェルミローマ大学に残してきた学生たちを思い出した。ローマにいるフェルミの教え子たちの中の何人かはフェルミを慕ってアメリカに移住したがっていた。しかし、その中で最も優秀だった学生でさえ、ユダヤ人ではないという理由で大学教員や研究所の研究員の仕事を得ることはできなかった。ユダヤ人の教え子でパレルモ大学の教授だったエミリオ・セグレだけが辛くもカリフォルニア州立大学バークレー校で教授からは程遠い薄給の研究助手となってアメリカに移住していた。フェルミハイゼンベルクにそういった話をした上で、ユダヤ人でないのにもかかわらずアメリカの大学に就職できた自分の幸運、そしてコロンビア大学を始めとするアメリカでは最高水準を誇る複数の大学から教授のポストに招聘されているハイゼンベルクの幸運を指摘した。

(読書ルーム(68) に続く)

 

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