【読書ルーム(34) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】 

【『プロメテウス』第2章  新時代の錬金術師たち〜科学の教皇旧大陸を去る  1/8 】 本章で活躍するプロメテウス達   作品の目次

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【解説】

前章を読まれた読者皆さんは象牙の塔で学級に耽る科学者たちの話がこの後も延々と続く思っていらっしゃるかもしれない。平和な時代ならば科学者を含む学者たちは正に象牙の塔で学究に耽ることを許された、そして正にそれが彼らに対して社会や国家が期待することなのかもしれない。それはこの時代において同じではあった。但し、この時代(第二次世界大戦前夜)の科学者、特に物理学者と放射線化学者らは好むか好まざるかを問わず、自ら意識しないまま、後に世界の勢力図に影響を及ぼす研究テーマに傾倒していく。トップバッターとなるユダヤ系科学者のレオ・シラードは科学パラダイムを刷新したりノーベル賞を受賞する水準の科学者ではなかったが、アメリカに亡命したアインシュタインの親友でアメリカ敵国ドイツに留まったノーベル物理学賞受賞者のマックス・フォン・ラウエらと親交があり、アインシュタインアメリカのルーズベルト大統領に核開発を推進するよう書簡を送った際、英語が不得手なアインシュタインに代わって書簡の下書きの作成とアインシュタインの意見をより良く反映する推敲を行った。その後シラードは史上初めて核分裂の惹起と制御に成功したエンリコ・フェルミの片腕として世界初の原子炉の建設に貢献したが大学教員としての正式な地位を得ることはできなかった。大学では主に熱力学を学び、冷蔵庫の原理を発見して特許を取った人物でもある。

 

【本文】

第一次世界大戦が勃発した時、中流ユダヤ人の家庭に育ったレオ・シラードはハンガリーの首都ブダペストの大学で物理学を学んでいたが、徴兵されて大学を離れ、対ロシアの戦線に加わった。シラードは豊かな自然に恵まれ、多様な文化的背景を持つ人々が共存する祖国ハンガリーに対して愛国心を抱いてはいたが、その祖国ハンガリーが同じ君主をいただくオーストリアに倣って「汎ゲルマン主義」を標榜してバルカン半島における権益を確立しようとするドイツと組んだことには大きな不満を抱いていた。シラードが予期したとおり、ドイツ、オーストリアハンガリーらの同盟国はロシア、イギリス、フランスなどの協商国側に対して敗北を喫し、ハンガリーオーストリアから分断された共和国になった。

 

敗戦の翌年にはさらに誕生間もないソビエトの後押しで社会主義政権が誕生し、さらにその翌年にはルーマニアの介入によって社会政権が打倒されるという目まぐるしい動きの中で、旧ハンガリー国は他国への領土割譲やチェコスロバキアの独立などによって旧領土の面積の七割を失い、中世以前に中央アジアからヨーロッパ大陸に移動してきたとされ、「ハンガリー」という国名の語源となったフン族の末裔、いわゆるマジャール人はいくつかの国に分断されて居住することを余儀なくされたxvii[1]。

 

シラードが復学したある日、大学の構内を歩いていると、一人の学生が近づいてきていきなりシラードを突き飛ばした。起き上がった時、シラードの周りを数人の学生が取り囲んでいた。

「おまえはユダヤ人だろう。」と一人の学生が言った。

 

シラードは服を汚されただけで怪我はなかったが、シラードに襲いかかった学生やその様を見ていて制止しなかった学生たちのうち何人かが大学構内で共産主義革命の必要性を説いていたことをシラードは記憶していた。「ユダヤ人は皆、ブルジョアで無産階級の敵だと言うんだな。」とシラードは思った。

 

東欧の小国となり果ててしまい政情不安にさらされているハンガリーではおちついて学問を極めることは困難で、安定した大きな国に赴いて学業を続けたほうがいいとシラードは感じ、敗戦国であっても世界最高の学問水準を誇るドイツの大学で学問を極めることを決意した。

 

シラードはドイツの首都ベルリンに行き、最高学府のベルリン大学量子力学を創始したプランク教授の高弟であるマックス・フォン・ラウエ教授に師事した。そしてフォン・ラウエ教授を介してアインシュタインの知己を得、物理学界での新たな発見や学説などに心を躍らせ、いくつかの特許を取得し、しばらくの間全てはシラードにとって順調に進展した。しかし、一九二九年の秋に起きた世界大恐慌の波は第一次世界大戦の敗戦国ドイツを容赦なく襲った。

 

一九三二年、チャドィックが中性子を発見し、ハイゼンベルクが不確定性理論でノーベル賞を受賞したその年の始めからドイツには不穏な空気が漂い、シラードはドイツ国社会主義労働党と名乗る怪しげな政党が街角で気炎を上げているのを見た。

ユダヤ人は全員共産主義者だ!」と党員は叫び、広場で書物を焼き捨てていた。それらの書物の中にカール・マルクスの「資本論」はもちろんのこと、アインシュタイン相対性理論に関する書籍やハインリッヒ・ハイネの詩集、さらにはメンデルスゾーンの楽譜など、大衆に何らの害も及ぼさないどころかドイツ文化の粋とも言える優れた著作が多数含まれていることを知り、シラードは心中穏やかではなかった。

「価値ある著作物を焼き捨てるような文化や国家は必ず滅びる。」とシラードは思った。

果たして、アドルフ・ヒトラーが率いるドイツ国社会主義労働党は一九三二年の総選挙で国会の第一党となり、翌年、ヒトラーが首相に就任した。

 

一九三三年二月二十七日、シラードは国会議事堂が火事に遭ったという知らせに接した。出火の原因は放火であるとされ、多くの共産主義者ユダヤ人が犯人として逮捕された。しかし、シラードを始めとする心ある人々は国会議事堂に火を放ったのは他ならぬ与党ドイツ国社会主義労働党の党員ではないのかという疑いを抱いた。

 

四月になると、教職を含む全ての公職からユダヤ人を締め出す法案が国会を通過した。シラードは一刻の猶予もならないと感じた。シラードはドイツを捨ててオーストリアに逃れることにした。

(読書ルーム(35) に続く)

 

【参考】

レオ・シラード (ウィキペディア)

マックス・フォン・ラウエ (ウィキペディア)

エンリコ・フェルミ (ウィキペディア)

 

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