【読書ルーム(64) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス』第3章  プロメテウスの目覚め〜預言者たちは走る 5/7】 作品目次

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【本文】

ハイゼンベルクはさらにミシガン湖エリー湖を通り過ぎて広大なニューヨーク州の北辺、オンタリオ湖畔にある美しい工業都市ロチェスターを訪れた。ハイゼンベルクコペンハーゲンで親交を結んで今はロチェスター大学の教授になっているヴィクター・ワイスコプフに迎えられた。ハイゼンベルクの訪問を前もって知らされ、広大なニューヨーク州の中部の山間部にある名門コーネル大学で星が光り輝くしくみを解明しようとしているドイツ生まれのユダヤ人物理学者ハンス・ベーテもロチェスターに駆けつけた。一九二○年代に共にドイツで学んだ三人の物理学者はドイツ語で歓談した。シラードの協力者であるワイスコプフは核分裂の話題を避けながらも、ハイゼンベルクからドイツの状況について聞き出そうとした。

 

ナチスが戦争を始めたとしたら勝つのだろうか?」というワイスコプフの問いに対してハイゼンベルクは心ここにあらずといった態度で「戦争を始めたら勝つだろうな。」と答えたxxxii[6]。ハイゼンベルクにとっての唯一の関心事はユダヤ人科学者が教職や研究職から追われた後のドイツでどのようにして学問水準を維持するかだった。ハイゼンベルクはワイスコプフやベーテにヨーロッパに戻る意思の有無を尋ねた、二人は反対にコロンビア大学の教授の席を断った理由を聞きただした。しかし、ハイゼンベルクはペグラムに語ったのと同じ言葉を繰り返すだけだった。

「ドイツが私を必要としている。」

 

一方、シラードは夏になってコロンビア大学の臨時研究員の契約期間が切れた後もニューヨークに留まっていたが、フレデリック・ジョリオが取った行動のせいで核分裂に関する研究を極秘のうちに進めるための全ての努力が水泡に帰したと感じ、新たな行動目的を模索していた。奇しくも、シラードの三人の同志、すなわち首都ワシントンDCのジョージタウン大学で教鞭を取っているエドワード・テラー、ロチェスター大学のヴィクトル・ワイスコプフ、プリンストン大学のユージン・ウィグナーの三人が三人とも訪米中のハイゼンベルクに帰国意思の有無を尋ねられていた。

 

プリンストン大学物理学科で量子力学の教育内容を拡充するかもしれないから、その時は来てくれますね。」というウィグナーの打診に対してもハイゼンベルクはやはり「ドイツが私を必要としている。」と答え、ボーアの研究所の後輩に当たるエドワード・テラーに対しては「アメリカの大学がどんなに大きな利益や便宜をくれると言っても、祖国ドイツを捨てることだけは私にはできないんだ。」と語った。亡命ユダヤ人科学者の近況に明るいコロンビア大学教授イシドール・ラバイのコロンビア大学への更なる勧誘なども、ハイゼンベルクの固い決意の前に何の効果もなかった。

 

おりしも、エドワード・テラーがコロンビア大学の夏期講座の講師に招かれ、シラードは時間が許す限り、共通の母国語であるハンガリー語でテラーと差し向かいで意見を交換し、共に行動を取る事が可能になった。志を同じくするロチェスター大学のワイスコプフやプリンストン大学のウィグナーもニューヨークにいるシラードとテラーのもとを訪れて十分に話し合う機会を持つことができた。四人の意見は一致した。核エネルギーの開発を秘密のうちに勧めることができないのならば、どれだけの費用や労力がかかろうとも、恐るべき兵器開発の可能性を秘めた核分裂の研究を加速させ、完遂させ、そしてどんな犠牲を払ってでも狂気のナチス・ドイツが新兵器を開発する前にアメリカがその新兵器を手にしなければならないという結論に四人は達した。この高度に政治的な意図を実現するためにはアメリカ政府の高官、できれば大統領に兵器開発の可能性を素人にもわかるように容易かつ説得力をもって説明する必要があった。そしてその目的を実現するためにはアメリカ政府の高官の誰もが名前と業績を記憶しているような著名な科学者、可能ならばプリンストン大学高等研究所にいるアインシュタインの権威を借りることで四人の意見は急遽まとまった。事を実行に移すのは早いほどよかった。そしてまず、七月の始めに、シラードとウィグナーの二人がロングアイランドの海岸の別荘にいるというアインシュタインを車で訪ねることにした。

(読書ルーム(65)に続く)

 

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