【読書ルーム(15) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス』第1章  プロメテウスの揺籃の地 9/27  〜 ハイゼンベルクの青年時代〜 隆盛を極めるドイツの学府(2)】  作品の目次

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【本文】

オッペンハインマーが多忙を極める物理学の大学院課程で学びながら何とかしてイタリア語でダンテの「神曲」を原文のイタリア語で読む時間を見つけようとし、憂鬱症と戦いながら学位を取得しようとしたのは一九二六年だったが、その三年前にダンテの「神曲」を原文のイタリア語でそらんじている学生が七月間という短期間ではあるが、マックス・ボルン教授の門下にいたことがある。

 

イタリアのローマ郊外で鉄道員の三人の子供の末子として生まれ、ピサ大学で大学学部時代を過ごしたエンリコ・フェルミ文学少女の姉と機械の好きな兄の影響を受けて元来多感で早熟な少年だったが、高校生の時に兄が急死した時から精神世界に関心を持ってイタリアの古典に通暁するとともに、物質界の法則を探る学問への進路を固く定めていった。フェルミは高校と大学学部を通じて勉学と読書だけではなく、陸上選手としても活躍して小柄な体に強靭なバネを蓄えていた。ガリレオトリチェリからボルタに至る輝かしいイタリア科学界の再興の期待を担ってゲッチンゲン大学に留学してからは理論物理学一辺倒だったが、ガリレオが落下の実験を行ったという伝説のあるピサの斜塔を仰ぎながら過ごした大学学部時代にフェルミの科学者としての姿勢が形成されていたようである。ガリレオが行った落下の実験そのものは常に数秒間で完了したかもしれなかったし、また、ガリレオらはピサの斜塔を落下に用いたのではなく坂を用いたことも考えられたが、学生時代のフェルミにとってピサの斜塔が意味することは疑問解決のための積極的な努力の重要さ、るいは近代科学の礎となる実証精神だったであろう。フェルミは栄光のルネッサンス発祥の地で生まれたイタリア人としての誇りと共に実証精神の大切さを自覚していた。イタリア、ジェノバ出身の船乗りクリストファー・コロンブスがトスカネリの地球球体説を証明しようとして期せずしてアメリカ大陸を望見したように、理論を実証する過程において新しい地平線と新しい理解、そして新しい理論がその全容を表すこともあるのである。フェルミの実証精神はまずはイタリアのローマ大学で、そして一家をあげてアメリカへ移住した後、如何なく発揮されることになる。

 

ヴェルナー・ハイゼンベルクは世界各国からゲッチンゲン大学に集まった志を同じくする学生たちと共に学んだが、その中には物理学に対する情熱だけではなく卓越した語学力と魅力的な人柄、加えて変わった趣味のせいで後にアメリカの原子爆弾開発プロジェクトにおいて一風変わった役割を担わされることになるオランダ出身のユダヤ人学生サミュエル・ハウシュミット(英語 = ゴードスミット)がいた。ハウシュミットはゲッチンゲン大学に正式に在籍したことはなかったが、原子核の周囲を巡る電子の動きを天体の動きになぞらえて解析しようとする試みにおいて若くして成果を収め、ゲッチンゲンやコペンハーゲンの物理学者の間でその存在を広く知られていた。ハウシュミットは二十六歳の時、にパクス・アメリカーナと呼ばれる経済的繁栄を享受していた当時のアメリカに渡り、間髪を入れずにアメリカ国籍取得の手続きを開始し、オランダやドイツの学友らを学問の新天地であるアメリカに招き寄せようとした。ハウシュミットのこの試みはフェルミに対しては実を結んだが、ハイゼンベルクに対しては全く効果がなかった。オッペンハイマーと同じく、ハウシュミットはノーベル賞を受賞することはなかったが、もしも、ハウシュミットがその能力や人格や一風変わった趣味のせいでアメリカの原子爆弾開発プロジェクトにおいて、重い責任を伴ってはいたが中心からははずれた地位に追いやられることがなかったら、ハウシュミットも朋友のハイゼンベルクフェルミと同様にノーベル賞受賞者に名前を連ねていたかもしれない。しかし、ハウシュミットの人生はノーベル賞受賞という形で科学史上に不朽の名声を留めたフェルミハイゼンベルクらの人生と比較してもひけをとらない波乱と生き甲斐に充ちたものになる。

(読書ルーム(16) に続く)

 

【参考】

エンリコ・フェルミ (ウィキペディア)

 

トリチェリ(の原理) (ウィキペディア)

ボルタ(電池) (ウィキペディア)

 

 

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