【読書ルーム(73) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス』第3章  プロメテウスの目覚め〜時は移る 7/8 】  作品目次

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【本文】

パリで重水による中性子照射の制御を試みたジョリオ=キューリーのチームが、ナチス・ドイツのフランスへの侵攻とそれに次ぐ全ての実験資料の破棄という、科学者として言語に絶する辛酸を舐めている間、ニューヨークのコロンビア大学ではフェルミが炭素棒を使って中性子ウラニウム原子核への浸透をどうにかして制御しようと苦心を重ねていた。重水を発見したのはフェルミと同じコロンビア大学の同じ建物の中で研究をしているハロルド・ユーリーだったが、アメリカには重水を普通の水から分離するための大規模な設備がなかった。したがって、フェルミを始めとするアメリカの物理学者らは高価な重水を惜しみながら使うことも、重水生成の費用が下がるのを待つこともさっさと諦め、安価で簡単に手に入る炭素棒に望みをかけた。

 

その頃活躍していた物理学者の中で理論においてフェルミよりも優れているか、あるいはフェルミと肩を並べることができる者はアインシュタイン、ボーア、ハイゼンベルクディラックなど、複数存在した。フェルミと比べて実験や計測の技術に長けた科学者も大勢いた。しかし、理論と実験の間に何らの境界線を感ずることなく、いとも容易に理論と実験との間を往来することのできる科学者、理論と実験を有効に組み合わせ、実証を繰り返すことによって自然界の真理に迫ることができる科学者はフェルミを置いて他にはなかった。ルネッサンス期のイタリアで、教会の禁止にもかかわらず解剖を行ったレオナルド・ダ・ヴィンチに端を発し、ピサの斜塔で落下の実験を繰り返したガリレオ・ガリレイの活躍と共に開花し、近代科学の根幹となった実証精神は、ピサ大学で学部生時代を過ごし、ローマ大学での学究の後に新大陸に渡ったこのイタリア人科学者フェルミによって、原子核という極小の世界の探求において正に体現されようとしていたのである。ローマでは作業服に身を包んで実験室間を気違いのように走って往復し、衆人の注視の的となったフェルミは、今度は実験の白衣が黒炭の粉で汚れて炭鉱労働者と変らない風体になるまで、助手と共に毎日実験を繰り返した。フェルミ核分裂の連鎖反応がすぐに可能になるとは思っていなかったが、照射される中性子の速度を調整し、不必要な中性子の吸収を最小限に抑えるためには何が必要なのかを明らかにしようと懸命だった。ローマでは自らを「黒魔術師」と呼んで錬金術師になぞらえたフェルミはニューヨークでは新しいエネルギー源を人類にもたらそうとし、ギリシア神話の中で人類に火をもたらしたとされるキリシア神話の巨人プロメテウスに等しかった。一九四○年の春に、フェルミの元にラジウムウラニウムと実験器具、そして黒炭の山が届けられた。フェルミはシラードや理学部長のペグラムから直接間接に、シラードが起草した大統領宛の手紙にアインシュタインが署名し、大統領の腹臣とも言えるサックスが大統領にこれを届けたことを聞いてはいたが、六千ドルの補助金が実験材料や器具の形変えられて実際に手元に届けられた時、自分が偏執狂(ナ ッ ツ)と呼んだことのある気難しい男シラードの目覚しい働きに改めて目を見張り、シラードを抱きしめて接吻したいような気持ちにさえなったであろう。理論と実験の間を自由に往来するフェルミと夢想家で発明の才能のあるシラードはこの時から原子力開発が次の段階に移行する時まで、片時も離れずに共に研究を進めることになる。

(読書ルーム(74) に続く)

 

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