【読書ルーム(12) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス』第1章  プロメテウスの揺籃の地 6/27. 〜 ハイゼンベルクの青年時代〜 ニールス・ボーアとの出会い(2)】  作品の目次

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【あらすじ】

唐突なやり方で天才物理学者のニールス・ボーアの知己を得たヴェルナー・ハイゼンベルクはさらにボーアと様々なことを腹蔵なく話し合う機会を得てボーアの人柄と知識に惹かれていく。一方のボーアばハイゼンベルク愛国心が気になるものの、ハイゼンベルクの高い知力と純粋な知識欲とに教師としての愛着を禁じ得ない。こうして2人の間には師弟愛と国籍や年齢を超えた友情が育まれた。

 

【本文】

​その日の夕方、ハイゼンベルクは憧れの天才物理学者ボーアと肩を並べて夕陽に染まったゲッチンゲンの街中を歩いた。三十九歳のベテラン科学者で大学教授のボーアは二十歳で意気盛んな学生のハイゼンベルクからシュタルク効果に関して理解していることだけではなく、将来の抱負や夢などいろいろなことを尋ねた。そして二人は物理学や自然科学における「認識」や「理解」とは何であるのかを語り合った。ハイゼンベルクはボーア教授の茫洋とした風貌や鈍重とさえ言える物腰の中から自然科学に対する熱い想いを汲み取った。先輩パウリと並んでハイゼンベルクは数学に関しては誰にもひけを取らない自信があった。しかし、ボーアと並んで話しをしているうちに、ボーアには数学ではくみ尽くせないような深い洞察力や直感があるとハイゼンベルクは感じた。ハイゼンベルクが少年時代から山野を歩き、星空を仰ぎ、モーツアルトやベートベンのピアノ曲を奏でることによって得てきた霊感はボーアの理論の源泉と共通する点があった。ボーアとハイゼンベルクはゲッチンゲンの街を見下ろす小高い丘の上に登り、薄暮に沈んでいく大学街の街並みを、一つ一つの屋根の形が闇の中に沈むまで見つめ続けた。こうして十九歳の年齢の差があるボーアとハイゼンベルクの間には無二の親友といっていいほどの固い友情が築かれた。

​ボーアとハイゼンベルクがゲッチンゲンで年齢と国籍を越えた友情を暖めていた正にその期間中にドイツの首都ベルリンではユダヤ系の外務大臣ワルター・ラテナウが暗殺され、その報道は多くの人々を不安へと駆り立てた。とりわけ、ベルリンを拠点として活躍していたアインシュタインユダヤ系科学者らはこの報道に恐れおののいた。帝政から共和制に急遽移行したドイツでは、ロシアに倣って資本主義を一掃して新しい社会を築くべきだと唱える左派から社会体制には変革は加えずに皇帝を排しただけで戦前と同じ議会政治と立憲体制の下で国民の意見を政治に反映させていくべきであると説く右派に至る政治論争が渦を巻き、各陣営が対立する論客を排除するために行うテロ行為が頻発し、終戦の翌年に左翼のリープクネヒトとルクセンブルグが殺されたのを初めとして数しれない政治思想家や活動家が対立する派閥の刺客の手にかかって命を落としていた。しかしドイツ国内の動乱にもかかわらず、外国人であるボーアと政治には一切無頓着なハイゼンベルクの二人の関心の全ては物理学、その中でも極小の世界を探求する原子物理学に向けられていた。それでもボーアは、原子物理学の話題から離れて戦争の思い出についてハイゼンベルクに尋ねてみたことがあった。戦争が始まった当時十三歳だったヴェルナー・ハイゼンベルクは、その時に感じたことを包み隠さず話した。

「それまでばらばらだった大人たちが急に一致団結するのを見て驚き、嬉しく感じました。」

​ボーアはハイゼンベルクが感じたことには下手をすると国粋主義に繋がる危険な要素があると感じながらも、戦争が始まった時のハイゼンベルクの年齢を考えるとそのような単純な見方もしかたないだろうとも思った。ハイゼンベルク愛国心はこの後何十年にもわたって継続したボーアとハイゼンベルクの交友関係の中でボーアにとってたった一つの目障りな要素となった。ボーアはミュンヘン大学ゲッチンゲン大学での課程に一区切りついたら是非、コペンハーゲンの自分の研究所に来るようにと言い、学問の国際性についての自分の信念を語った。

​ボーアの父はデンマークに古来から住むデーン人の末裔だったが、母は古代ローマ帝国時代に中東パレスチナを追われ、ヨーロッパ各地をさすらってデンマークにたどり着いたユダヤ人の家庭の出だった。したがって、ボーアが自分の下に集まる科学者たちを人種や宗教などで差別することは全くなく、ただ能力や関心に応じて指導したり役割を与えることにしていた。一九二一年にヨーロッパに留学した日本人物理学者の仁科芳雄がドイツとイギリスで学んだ後、デンマーク語をわざわざ習得する必要があったのにもかかわらず、コペンハーゲンのボーアの研究所に赴いてその地に長く滞在したのもやはりボーアの研究姿勢とともに、人種・国籍・文化的背景を問わないその博愛精神のせいだったのであろう。ボーアがゲッチンゲン大学の夏期講座の講師を引き受けたのもまた、博愛精神からだった。

(読書ルーム(13) に続く)

 

【参考】

仁科芳雄 (ウィキペディア)

 

シュタルク効果 (ウィキペディア)

 

 

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