【読書ルーム(11) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス』第1章  プロメテウスの揺籃の地 5/27. 〜 ハイゼンベルクの青年時代〜 ニールス・ボーアとの出会い(1)】  作品の目次

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【あらすじ】

苦境に喘ぐドイツでヴェルナー・ハイゼンベルクは比較的恵まれた学生生活を送るが、それは父親が公務員である大学教授だったこととアメリカに裕福な伯父がいてどいつの貨幣に対して強くなった米ドルを利用してのヴェルナーをへの援助を惜しまなかったことである。そんな中でスイス人の友人パウリと共にゲッチンゲン大学の夏季講座に出席したヴェルナーはデンマークの天才物理学者のニールズ・ボーアに出会い、突飛な行動でその知己を得ることになった。

 

【本文】

翌一九二二年、ヴェルナー・ハイゼンベルクとヴォルブガング・パウリが師事していたゾマーフェルト教授がアメリカのウイスコンシン大学で一年間客員教授を務めることになり、ハイゼンベルクとパウリはゾマーフェルト教授の推薦でその年の十月に始まる新学期からゲッチンゲン大学の教授で学生指導で定評のあるマックス・ボルン(英語 = ボーン)教授のもとに送られることになった。春学期が終わってハンブルクの港からアメリカに向けて出発するのに先立ってゾマーフェルトはゲッチンゲンに立ち寄ることになっていたが、この機会を捕らえ、優秀な教え子のヴェルナー・ハイゼンベルクに下見のためにゲッチンゲンを訪れることを強く勧めた。

 

​世界大戦での敗北から三年余りを経てドイツ国内は一見すると平穏だったが、ロシア革命の影響を受けた政治家左右両派のせめぎあいが社会に影を落とし、インフレが忍び寄り、ドイツ・マルクの購買力は戦前の数パ―セントにまで下がっていた。大学教授として公務員の中でも高給を支給されていたヴェルナーの父がヴェルナーを自宅通学させなければならなかったことからもわかる通り、ハイゼンベルク家の暮し向きも必ずしも楽とは言えなかった。唯一、救いとなったのは、アメリカに移住して事業に成功した伯父がヴェルナーの学業成就のためなら、ドイツ・マルクに対して強くなった米ドルをマルクに替えて送金するのを惜しまないと約束していることだった。世界中大戦直前には四マルク程度で一米ドルを手に入れることが可能だったドイツの貨幣価値の下落は留まるところを知らず、一九二三年のデノミネーションの直前には一米ドルと交換するのに必要なドイツ・マルクは四兆二千億マルクと推定され、ドイツ国内に在住する子弟や親戚への送金などの必要がない限り、ドイツの国外でドイツ・マルクを保有しようと思う者は誰もいなかった。ヴェルナーがゲッチンゲン行きに難色を示すと、アメリカ行きによる収入増のせいで太っ腹になっていたゾマーフェルト教授はゲッチンゲンまでのヴェルナーの往復旅費を負担すると言った。

ハイゼンベルクがゾマーフェルト教授と共にゲッチンゲンに到着した時、ゲッチンゲン大学ではちょうど、夏期の特別講座が盛んに開催され、デンマークから招待された著名な物理学者のニールス・ボーア教授が公開授業を行っていた。​話に聞いていた北欧の天才物理学者ニールス・ボーアの口調は口ごもりがちで、不明瞭で、黒板に向かって数式を書きなぐりながら説明をしている時など、受講者にはほとんど内容が聞き取れず、挙句の果てには数式の誤りを受講者に指摘される始末だった。ハイゼンベルクと一緒に講義に出席していたパウリははっきりと不満の表情を浮かべた。ハイゼンベルクは自分よりもたった一つ年上のパウリがすでに、かの理論物理学の大御所にして量子力学創始者であるマックス・プランクの理論の不備を指摘するために自分の理論に磨きをかけているのを知っていた。

 

​ボーアの二回目の講義は水素原子におけるシュタルク効果に関してだった。この論題に関して、ハイゼンベルクはゾマーフェルト教授の指導で関連の論文を読んで熟知していた。ボーアが説明を省略していることがわかったハイゼンベルクは頭脳明晰で野心に燃えた先輩パウリがやらないことをやってのけた。ハイゼンベルクは手を上げて発言した。

「先生、その式はまちがっています。」

ハイゼンベルクの行為はただでさえ口ごもりがちだったボーアに強力な衝撃をもたらした。ボーアは一層口ごもり、それからあとはほとんど授業にならなかった。

(読書ルーム(12) に続く)

 

【参考】

マックス・ボルン (ウィキペディア)

 

ニールズ・ボーア (ウィキペディア)

 

アルノルト・ゾンマーフェルト (ウィキペディア)

 

シュタルク効果 (ウィキペディア)

 

 

【参考2】

日本では吹替版、字幕版共に入手できないDVDですが、このような作品があるということでわたし(かわまり)の映画評「コペンハーゲン〜原子力開発において知っておくべきこと」のURLを掲載しておきます。作品の舞台となっている時期は原子爆弾投下よりも後ですがハイゼンベルクとボーアの師弟愛が原子爆弾投下後にどう変化したかを推測した戯曲(作者: マイケル・フレイン、トニー賞受賞)に基づく映画作品です。 https://kawamari7.hatenablog.com/entry/2019/08/16/112350

 

 

【お知らせ】

下の画像は作りかけの本作品電子版の表紙です。出版社はお任せ出版社のアマゾン(Amazon International Services)です。ということは今のところアマゾン専用の電子ブックリーダーのキンドルのみで講読が可能だということです。こちらはそれほど高額ではありませんが有料となります。キンドル版には次のような優れた点があります。

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