【『プロメテウス』第１章 プロメテウスの揺籃の地 2/27 〜 ハイゼンベルクの少年時代】 作品の目次
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【あらすじ】
少年だったヴェルナー・ハイゼンベルクを魅了した科学の大躍進であるアインシュタインの相対性理論のその後。また陽が射してきたアインシュタインの私生活が述べられている。ハイゼンベルクは同世代のフェルミ(イタリア)、パウリ(スイス)、シュレジンガー(オーストリア)、ディラック(イギリス)、オッペンハイマー(アメリカ)などと同じく自分たちが世界の勢力図に大きな影響を及ぼす核兵器の担い手になろうとは露ほども想像せずにひたすら勉学にはげんでいた。
【本文】
第一次世界大戦が終結し、アインシュタインには公私ともに春が巡ってきた。一般相対性理論の証明の機会となる次回の日食は一九一九年五月二十九日、プラジル北東の沖からアフリカのギニア海岸沖に及ぶ南大西洋で観測することができた。次回の日食に関して、アインシュタインの一般相対性理論の検証を真っ先に申し出たのはイギリス人だったvii[2]。
ケンブリッジ大学教授でイギリス王室天文学協会の会員でもあるアーサー・エディントンはニュートン力学を修正する新しい理論の提唱者がユダヤ教徒であることや敵国ドイツで生まれ育ったことなどは全く意に介しなかった。エディントンはキリスト教新教の中でも最も敬虔なクェーカー教徒の一員であり、世界大戦中には宗教的な信念から、もしも世界大戦に徴兵されれば必ず徴兵を忌避して戦争の愚かさを世間に対して声高に訴えると同僚に語っていた。これを聞いたケンブリッジ大学の当局は大学の名誉を守るために何とかしてエディントンが徴兵されないよう策を練らなければならなかった。そこで大学側が思いついたのは一九一九年五月二十九日に南大西洋で観測できる日食の際にエディントンがアインシュタインの理論を検証できるよう、エディントンに準備をさせ、政府の関係省庁から協力を得ることだった。
イギリス人の天文学者、エディントンはこういった経緯で日食の観測のために一九一九年の春に南大西洋に赴いたが、その観測結果はアインシュタインの理論の裏付けとなってアインシュタインの名前を世界的に高めただけではなかった。世界大戦中にアインシュタインが「反宣言文」の起草の中心となったこともあいまって、アインシュタインの平和主義者としての名声、さらにはアインシュタインの理論に対する素人の関心や評価はさらに高まった。世界大戦中に共に反戦を唱えたユダヤ教徒のアインシュタインとクェーカー教徒のエディントンが、旧敵国同士の怨讐などは微塵もなく、共通に目標としていた宇宙を支配する法則の確認のために手を携えたことは、アインシュタインの相対性理論などは解さない人々をも感動させた。
私生活においては、戦争中に意気消沈していたアインシュタインを支え、励ましつづけたアインシュタインの従姉で離婚経験者のエルザ・ローヴェンタールがアインシュタインの二人目の妻となった。先妻のミレーバとは異って物理学の知識こそ無かったが、美貌と洗練された感覚の持ち主だったエルザはボヘミアンだったアインシュタインを革新的な理論家にして平和の提唱者として世界中に通用する紳士に磨き上げた。アインシュタインは世界中の各界から講演の依頼を受けることになったviii[3]。ヴェルナー・ハイゼンベルクがミュンヘン大学に入学したのはこのような時期だったix[4]。
(読書ルーム(9) に続く。)
【注】
現代ではアーサー・エディントンの上記の功績は観測誤差が非常に大きかったため、相対性理論とニュートンの古典力学の乖離を示したものではないとされ、単なる美談に留まっている。
【参考】
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