【『プロメテウス』第１章 プロメテウスの揺籃の地 3/27. 〜 ハイゼンベルクの青年時代〜大学入学】 作品の目次
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【あらすじ】
第一次世界大戦の敗戦国ドイツは英仏によって巨額の賠償金を課され、ドイツ経済とドイツ国民は苦境に喘ぐが、若いヴェルナー・ハイゼンベルクはドイツ人科学者が掲げる学問の成果にドイツ人としての希望と誇りを見い出し、自分も将来その一翼を担いたいとして勉学に励む。ヴェルナーの父親ば彼を地元の大学にしか通わせることが出来なかったが、ヴェルナーは国内遠隔地の特別授業などにも出席する許可を得てかえって見聞と知識を広めてゆく。
【本文】
一九一八年にマックス・プランクとフリッツ・ハーバーの二人のドイツ人がそろってノーベル物理学賞と化学賞を受賞したこと、そして一九一九年にエディントンによってアインシュタインの一般相対性理論の妥当性が確認されたことなどは多感な少年だったヴェルナー・ハイゼンベルクにとって目くるめくような出来事だった。
「ドイツは国際連盟にも加盟を許されず、政治の上では世界の孤児か不可触賎民だが、ドイツ人科学者が癌や結核の特効薬を発明したらドイツが国際連盟に加盟するまでその使用を控えるのか？」敗戦国ドイツの知識人たちがこう唱えて科学や文化におけるドイツの優位性を誇るのをヴェルナー・ハイゼンベルクは聞いたx[5]。アインシュタインはスイス国籍を取得していたので法律上はドイツ人ではなかったが、アインシュタインがドイツで生まれ育ち、世界大戦中にドイツに居住し、戦後になって戦勝国のアメリカやイギリス、フランスなどで英雄扱いを受けたこともハイゼンベルクを力づけた。ベルサイユ条約によってドイツが戦勝国に割譲した領土には石炭を豊富に産出する炭田や鉄鉱山が多数含まれていたので、世界大戦後のドイツの石炭の産出量は戦前の四分の三、鉄鋼の生産に至っては四分の一の水準に低下し、そればかりではなく、戦勝国によって課された天文学的な金額の賠償金を支払うために、ドイツの産業界全体が汽車の車両や船などの動産資本を海外に売却しなければならなかった。運搬手段などを失って操業ができなくなった工場からは失業者が溢れ、兵役を解かれた復員兵で復職できない者と併せて最悪の時にはドイツ全体で二百万人以上の失業者が街にたむろした。しかし、それでもドイツは世界の産業界の先頭に立つだけの頭脳と人材を擁していた。
一九二十年、戦後のインフレと困窮の中、上の息子をすでにベルリン大学に送っていたアウグスト・ハイゼンベルクは大学教授として一定レベルの収入を得てはいたが、下の息子のヴェルナーを寄宿舎の費用が余計にかかる遠隔地の大学には進学させず、自宅から通学可能なミュンヘン大学に入学させた。ヴェルナーは兄を羨んだが父には逆らわず、ただ、有名な物理学者がドイツ各地の大学の学園祭などで学外の聴講者に対して講義を公開する機会を捕らえてできるだけ多くの学説や科学者の人柄に接す
ることにした。大学に入って益々興味を引かれるようになった学科に今まで以上に時間を割かなければならなかったが、ヴェルナーは定期的に高校時代の友人たちと山野を巡り、星空の下でキャンプ・ファイアーを囲む集いを続けた。
ヴェルナーが大学に入学した翌年、イエナ大学がベルリンから著名な科学者を招聘して特別講座を開催した。招かれた講師の中には量子力学を創設したプランクとその弟子で X 線回析によって金属分子構造を研究したマックス・フォン・ラウエが含まれていた。ヴェルナーは父から旅費をもらって公開講義に出席したが、招待された講師の中にアインシュタインがいなかったことを残念に思った。
(読書ルーム(10) に続く)
【参考】
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