【『プロメテウス』第1章 プロメテウスの揺籃の地 1/27. 〜 ハイゼンベルクの少年時代】 本章で活躍するプロメテウス達 作品の目次
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【あらすじ】
この章全体は不確定性原理で知られるドイツのウェルナー・ハイゼンベルクの少年時代と青年時代を描いている。多感な思春期に大人たちの嘘に接したハイゼンベルクが「ドイツの強さ」を学問と芸術に限定して科学者となるべく精進していくことは自国の強さを妄想のように信じて右傾化していくよりも褒められることではあるが、ある意味現実に対して目を塞いでいることには違いない。ただし当時の国際的に開かれたドイツの大学の環境でハイゼンベルクは国内外の多くの知己を得て人種や文化、宗教にとらわれない自由な精神を養っていく。この頃の科学者たち、特に物理学者らは後に自分たちが人類存亡の鍵を握る核兵器の製造に携わるようになるとは夢にも考えていなかった。
【本文】
南ドイツのミュンヘン大学で古典を教えるアウグスト・ハイゼンベルク教授には学業成績において他の生徒をはるかに凌ぐだけではなく、体操をさせても他の少年たちを抜きん出、音楽の才能にも恵まれ、大人子供を問わず誰からも好かれる二人の息子がいた。兄のエルヴィンがギムナジウム(大学進学希望者が通う高校)に入学したのはアインシュタインの新しい理論がニュートン力学の体系を書き換える可能性を科学者のみならず素人までもが注視し始めた頃だった。弟のヴェルナーがギムナジウムの三年生だった時に第一次世界大戦が勃発した。
成長するにつれ、現実的な兄と夢想家の弟との性格の違いが目立つようになり、兄エルヴィンがベルリン大学で化学を学ぶために家を出た後、兄と弟は必要以外で顔を合わせたり連絡を取り合うことはなかった。弟ヴェルナーが十七歳の時、ドイツは戦争に破れた。ヴェルナーが通っていたギムナジウムはドイツ皇帝の特別な庇護の下にあり、皇太子がギムナジウムを訪れた際にヴェルナーの母が父兄を代表してドイツ皇帝を称える頌詩を皇太子に捧げたこともあった。しかし、ドイ皇帝カイザー・ウィルヘルムは終戦と共に退位してオランダに亡命し、ドイツは共和制に移行した。ドイツはベルサイユ講和条約に従い、全ての海外植民地とヨーロッパの領土の十七パーセント、そしてそれらの地域に居住していた、ドイツの総人口の十パーセントに当たる国民を戦勝国に譲らなければならなかった。
大人たちが鼓吹していた「ドイチュラント・ユーバー・アレ(世界に冠たるドイツ)」の夢が破れ、多感な少年たちが大人に対する不信と虚脱感に捕われていた時、少年たちの間で人望が厚く、また敗戦の痛手を誰よりも強く感じていた多感なヴェルナー・ハイゼンベルク少年は、学業の合間をぬって仲間の少年たちを野歩きへ誘った。山野を彷徨いながらヴェルナーは仲間の少年たちに自然の神秘を語り、史跡や古城を訪れてはともに悠久の歴史の感慨に浸った。
ある日、ヴェルナーら少年たちは戦争中に罹患兵士の隔離に使われていた古城を訪ねた。その夜、古城を訪ねた少年たちの中でヴェルナーだけが高熱に襲われた。ヴェルナーはチフスにかかっていた。敗戦後の物資調達が困難な時期だったが、成績優秀で明朗なこの少年を救おうと、知人などが医薬品や滋養のある食物を持ち寄り、その結果、ヴェルナーは幾日もの間生死の境をさまよった後に九死に一生を得て回復した。そしてその時にヴェルナーは大きな志を得ていた。病中、ヴェルナーは愛する祖国ドイツのことを心から思った。そして健康を取り戻した時にはドイツは軍事において世界に冠たるべきではなく、文化と知識において世界に冠たるべきなのだとはっきりと悟っていたのである。ヴェルナーの父が千年、二千年、あるいはそれ以上の風雪に耐えたギリシア語やラテン語の古典を教えるのならば、これから千年、二千年の後、ドイツ語 = で記載された様々な知識が人類の過去からの遺産として読まれたり論じられたりしなければならないとヴェルナー少年は思った。そして、そのことを実現するため、ヴェルナー・ハイゼンベルクは自然における神の啓示を読み解く学問、すなわち自然科学に一生を捧げることを誓ったvi[1]。
(読書ルーム(8) に続く。)
【解説】
わたしはこの章をメルヘンのように始めたかった。大人たちの嘘と妄言に深く傷ついた少年がトラウマから抜け出せず、成人した後でも自然の神秘にロマンを覚えてメルヘンの世界から抜け出せなかったとしても経済的に自立し、家庭を築き、社会では教師であり研究者であり、家庭においては良き夫であり父親であれば誰も非難はしないであろう。しかし、ノーベル賞まで受賞した一流の物理学者ヴェルナー・ハイゼンベルクの場合はメルヘンから抜け出ることの出来なかったのであるが、その純粋さの故に彼は青少年だった頃に価値を見出していた多くのものを中年以降に一気に失うのである。そればかりではない。純粋な気持ちから発せられた彼の言葉(第3章 プロメテウスの目覚め〜コペンハーゲン)で曲解され、彼を知る人々の恐怖心を煽り、ひいては原子爆弾製造へと彼自身の朋友たちを駆り立ててしまうのである。
【参考】
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