【読書ルーム(120) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス達よ』第5章  マンハッタン計画 (下) 〜 ロスアラモスでの秘密会談 2/3 】  作品の目次

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【あらすじ】

ぎ当初に意見が激しくぶつかったのは基礎研究の責任者のコンプトンとサイクロトロンによるウラニウム235分離を手がけたローレンスだったが2人の科学者がそれぞれの見地から賛否の議論を展開するうちにそれまで沈黙を保っていたフェルミが原爆使用の絶対的反対を主張した。それまでコンプトンとローレンスの意見の対立を仲介しようと考えていた議長格のオッペンハイマーは新たな意見の発言に対して原子爆弾の開発費用がアメリカ国民の血税に拠るものだという新しい見地に立ってフェルミを説き伏せようとした。

 

【本文】

一方、世界で始めて核分裂の連鎖反応を継続的に惹起することに成功し、原子力時代への大きな第一歩を切り開いたフェルミはワシントンDCでの合同委員会での席上でも熱心に耳を傾けてはいたが全く意見を発しなかった。科学者小委員会のメンバーの中でただ一人外国で生まれ、一九四五年になってようやくアメリカ国籍を取るための条件を揃えて星条旗に宣誓するばかりになっていたフェルミは、自分が口をはさむことができるのは科学技術の分野だけであり、政治向けのことに発言する資格がないと考えていた。ロス・アラモスに移ってから、フェルミは痩せて頭髪も後退し、まだ四十台の半ばだというのに五十台後半に見えるほどに老け込んで目ばかりがぎらぎらと光るようになっていたがlxix[18]、小委員会での議論が沸騰し、一方で原子爆弾製作の過程が各拠点で順調に進むにつれ、日本への原子爆弾投下を巡って激しく争われる議論に耳を傾ける時のフェルミの表情やしぐさに、日本への原子爆弾投下に断固反対するローレンスを支持する意思が暗に示されるようになっていったlxx[19]。六月十六日の夜が更けても平行線をたどるローレンスとコンプトンの激論には収拾の目処がなかった。その時突然、フェルミが発言した。


「目的が示威であれ、殺人や破壊であれ、’原子爆弾の使用は絶対にいけないlxxi[20] 。」
寡黙で控えめだったフェルミの口からローレンスよりも強力な、原子爆弾使用に反対する意見が飛び出してきたのを聞いてたじろいだのは、原子爆弾の日本への投下を頑強に主張していたコンプトンではなく、ローレンスとコンプトンの間に立って立場を決めかねていたオッペンハイマーだったlxxii[21]。マンハッタン計画で科学者の頂点に立つオッペンハイマーは何よりも、フェルミの主張によって原子爆弾製造のために今までに投入されてきた人的、物的資源が水泡に帰してしまうことを恐れた。強い信念を眼光に露にするフェルミに向かってオッペンハイマーはこう言った。
原子爆弾がどう使用されるかを決めるのは科学者の役割じゃないだろうlxxiii[22] 。」
オッペンハイマーはこう言ってフェルミを説得しようとした。コロンビア大学核分裂の連鎖反応の研究に没頭していたフェルミに対して大統領の一存で六千ドルの補助金が認められ、黒炭の山やラジウムや実験器具がフェルミのもとに届けられたのを皮切りに、ナチス・ドイツによる原子爆弾開発を恐れ、これを阻止する一念で大統領や議会がマンハッタン計画や関連の研究につぎ込んできた費用の累計総額は今や二十億ドルに達していた。その間、フェルミやローレンスを始めとする原子物理学者、シーボーグなどの放射線化学者らは他目的では考えられないような潤沢な資金をふんだんに使って思うままに研究を行い、数千人の技術者と数十万人の労働者が間接直接にプロジェクトから経済的な恩恵を受けてきたが、その結果が今正に完成しようとしている原子爆弾なのである。従って、その原子爆弾の使用方法は本来、アメリカ国民から信託を受けてプロジェクトへの予算を承認してきた大統領や議会が決定すべきなのである。


一旦、口を開いたら自分の意見を頑強に曲げないフェルミを、今度はオッペンハイマーがあの手この手で説き伏せようとし、コンプトンがオッペンハイマーに加勢し、フェルミが口を開くまでは雄弁だったローレンスは口をつぐんだまま成り行きを見守った。オッペンハイマーが自分の考え方をフェルミに納得させ、会議が終に解散したのは翌日の夜明け近い午前五時だった。

(読書ルーム(121) に続く)

 

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