【『プロメテウス達よ』第6章 冷戦 〜 マンハッタン計画の功労者たち 1/7 】 作品の目次
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【ここで取り上げられるマンハッタン計画の功労者たち
① オッペンハイマー ② コンプトン ③シラード
【本文】
一九四五年八月六日の午後、ロス・アラモスの自分のオフィスでいらだちながら煙草を吸っていたオッペンハイマーもとにワシントンDCにいるグローブスから電話がかかってきた。グローブスは広島に原爆が投下されたことを告げ、オッペンハイマーの労をねぎらった。
「あなたが科学者の中での最高責任者だったからプロジェクトは完遂されたのです。」というグローブスにオッペンハイマーは「長い道のりだった。」とだけ答えた。オッペンハイマーは安堵し、疲れきっていた。しかし、オッペンハイマーにはプロジェクトの科学・技術部門の最高責任者としての各種の仕事が残っていた。その手始めが、その日の夕方に科学・技術部門でのプロジェクト参加者を集めて開催される説明会だった。
それまで何度が開催されてきた説明会では発言者は演壇の袖から姿を現すのが常だったが、その日、会場が満席になった後に到着したオッペンハイマーは会場後方の入り口から姿を現し、オッペンハイマーに気づいた出席者は盛大な拍手で彼を迎え、オッペンハイマーが演壇にたどりつくまでには会場は拍手と歓声の嵐に包まれていた。オッペンハイマーはプロジェクトに参加した科学者や技術者の労をねぎらうために勇気を奮ってプロジェクトの完遂とその意義を高らかに賛えた。
「原子爆弾投下がもたらす結果について云々するのはまだ早いのですが、日本にとって好ましい結末にはならないでしょう。」とオッペンハイマーが発言すると会場は割れるような拍手に包まれた。オッペンハイマーは続けた。
「私はみなさん全員を誇りに思います。」そして、会場は一層盛んな拍手に包まれた。満場の拍手の中でオッペンハイマーはこう言った。
「ただ、一つ残念なことは原子爆弾をドイツに対して使用できなかったことです。」オッペンハイマーのこの言葉で会場に湧き上がった興奮は留まるところを知らなかったxciii[9]。
コンプトンはシカゴ大学構内の自分の研究室でラジオのニュースによって原爆投下の知らせを聞いた。ニュースが終わるなり、コンプトンの研究室には同じようにして原爆投下の知らせに接した金属研究所の研究員たちがつめかけ、コンプトンに矢の質問を浴びせた。コンプトンは、広島の一般市民が何万人もの規模で命を失ったことは遺憾であるが、戦局はアメリカ国民が望んでいるとおりに展開するだろうと述べた。沖縄戦では十万人を超える日本人と一万人を越えるアメリカ兵が命を失ったが、犠牲者だけを増やす戦闘にこれ以上の時間と資源を費やすことは無益であり、三月九日の東京大空襲では十万人以上の一般市民が命を落としたと見られるが、原爆投下は東京大空襲よりも少ない犠牲者でより大きな衝撃を日本政府に与えたことは確かだ、ともコンプトンは述べた。
コンプトンが研究室で圧倒的な祝福と鋭い質問の両方に応対している間、シカゴ大学金属研究所の異端児レオ・シラードはシカゴ大学の学長室を目指して走っていた。
コロンビア大学にいた頃、同じ研究棟で楽天的に研究に打ち込むフェルミとヨーロッパで研究を続けるジョリオ=キューリーらに研究結果の発表を差し止めるようにシラードは懇願したが受け入れられなかった。そこでシラードは同志のウィグナーやテラーと共にアインシュタインのもとに走って大統領に書面で事の重大さを訴え、その成果としてフェルミのもとに補助金六千ドル分の研究材料などがフェルミのもとに届けられたのであるが、その時、自分の尽力の目に見える成果に接したシラードは、かつて自分を偏執狂呼ばわりして冷笑した天才フェルミに対してささやかな勝利感と優越感を感じたのである。しかし、広島への原子爆弾投下の報道に接し、シカゴ大学の学長室を目指して走るシラードが抱いていたのは圧倒的な敗北感だった。
学長室にたどりつくとシラードは学長に向かって、シカゴ大学での基礎研究が今回の広島への原爆投下につながったと述べ、ついては本日と明日、全学を挙げて喪章を身につけて広島の犠牲者を悼むよう号令してはもらえないか、と言った。学長は、個人として犠牲者を悼み、喪章をつけるのは結構だが、全学にそんなことを強要はできない、と言った。
学長にすげなくされたシラードは次にはシカゴ大学付属のチャペルの牧師に面会を求め、広島の犠牲者を悼む追悼集会を開いてもらいたいと訴えた。牧師は、個人的には広島の犠牲者を悼んで原爆投下に遺憾の意を表明するが、公の場所を使って追悼集会を開くことはできない、と答えた。シラードは大統領宛てに抗議の手紙を書くことにした。
(読書ルーム(135) に続く)
【参考】
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