【読書ルーム(135) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス達よ』第6章 冷戦 〜 マンハッタン計画の功労者たち 2/7 】  作品の目次

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【ここで取り上げられるマンハッタン計画の功労者たち】 ⑤ ローレンス ⑥ フェルミ


【本文】

ローレンスはカリフォルニア州バークレーの自宅で広島への原爆投下のラジオ・ニュースに接した。


「これでやっと戦争が終わる。」とローレンスは妻に語った。ローレンスが外出すると、ローレンスのノーベル賞受賞の時からメディアに掲載されたローレンスの端麗な容貌を記憶している人々が、いたるところでローレンスの労をねぎらい、プロジェクトの完遂を祝福し、拍手を送り、まるで遊説中の大統領候補に接した支持者のようにローレンスに握手を求めた。


三日後、ラジオで長崎へのプルトニウム爆弾投下の知らせを聞いた後でローレンスは「科学者のカール・ダロー」と名乗る男から忘れることのできない電話を受けた。


「影響力のある卓越した人物も含めた多くの人々が、科学とは人類に対して恩恵よりもむしろ害を与えると考えています。具体的にはどうするべきなのか私にはわからないのですが、これらの人々の一部あるいはこれらの人々とは反対の意見を持っている人々は科学者が発見したことは科学者自身が管理すべきだと考えています。科学がもたらした結果について科学者を責める人さえいます。マンハッタン計画に参加した邪悪な物理学者たちは、原子爆弾を開発すれば何万人もの罪もない人々が予告も無しに殺されると知りながらも原子爆弾を開発し、原子爆弾がもたらす結果を望むか、望まないまでもその結果を容認した、だから物理学なんてまっぴらだ、と人々は言うようにならないでしょうか?そのように考えることは愚かでも言い過ぎでもないと思います。」


ローレンスはダローに対して後に手紙で次のように答えた。
「二つの原子爆弾によって戦争が終結した限りにおいて、政治家の決断は正しかったと私は思います。このようにして戦争の終結が早められていなければ、原子爆弾によって失われたよりもはるかに多くの命が失われていたことは確かです。そして、これは言うまでもないことですが、私たちは全員、原子爆弾が再び用いられないよう願い、祈っています。世界全体が二度と再び戦争を起こさないようにしなければなりません。科学と科学者に対する批判は私たち科学者が負わなければならない十字架だと思っていますxciv[10]。」


長崎へのプルトニウム爆弾投下の翌日、ローレンスは興奮の冷めやらない大学街バークレーを後にし、嫌いだった飛行機に乗って科学者小委員会に出席するためにロス・アラモスに向かった。


フェルミはただ一人、アラモゴルドでの実験の際と同様、傍目には全く平静で、労をねぎらう人々の言葉にも、プロジェクトの完遂を祝福する言葉にも表情一つ変えなかった。広島への原爆投下の以前にも、原子爆弾の軍事的な使用を肯定するオッペンハイマーとコンプトンに逆らって明け方の五時まで執拗に食い下がった末に説き伏せられた時にも、アラモゴルドでの実験の際にもフェルミには最初にアメリカに移住してきた時と全く変わらない学問に対する信念しかなかった。
「学問の自由が保障され、知識は万人によって共有されなければならない。」
正しい知識に基づいてさえいれば、万人が民主的に行う判断に科学者は口をはさむ余地がないのである。


後にイタリアに住むフェルミの姉がフェルミに手紙を書き送って原子爆弾開発と日本への原子爆弾投下に関する道徳的呵責の有無をフェルミに対して問いただそうとしたが、この手紙に対してもフェルミは釈明めいた返答は一切しなかった。ただフェルミは自分の信念をオッペンハイマーにも、機会がある毎に個人的にではあるが熱っぽく訴えていた。


原子爆弾の用途を考えるために召集された四人からなる科学者小委員会の中でフェルミはたった一人の外国出身者だった。アメリカ国籍を申請し始めた時からフェルミにとってアメリカ国籍の取得は単に時間の問題だったが、フェルミアメリカ国籍を取得したのはマンハッタン計画にすでに深く関わっていた一九四五年だった。そして広島への原子爆弾投下前の最後の科学者小委員会で原爆投下に対して唱えた異論を説き伏せられたという事実が示すように、モンロー主義の下で長く大陸から孤立を続けてきたコンプトンなどのアメリカ人の理想主義者と民族の混交と共存、時には対立を避けることのできない大陸から来たフェルミとの間には溝があった。原子爆弾開発が完遂され、フェルミは戦争勃発以前には対立することもあったシラードやテラー、ウィグナーらに心情的に接近していたようであるが、アメリカに亡命してきたアインシュタインらのユダヤ人科学者やデンマークに戻ったボーアらとは異なり、フェルミはあくまでも自分の政治的な意見を声高に唱えることはなく、寡黙な学僕に徹していたxcv[11]。ただ、科学者としてのフェルミの存在とその控えめな政治に対する態度が生粋のアメリカ人科学者とアメリカを第二の祖国として選んだ科学者たちの双方、そして科学を志向する若者たち全てに大きな影響を及ぼしたことは疑う余地がない。

(読書ルーム(136) に続く)

 

【参考】

アーネスト・ローレンス (ウィキペディア)

エンリコ・フェルミ (ウィキペディア)

 

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