【読書ルーム(140) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス達よ』第6章 冷戦 〜 功労者たちのその後 7/7 】

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【あらすじ】

マンハッタン計画の完遂後、功績があった科学者らしく学問を追求しながらも多様な道を歩むことになる。この中のは祖国の共産主義化を憂いて兵器開発を一掃促すテラー、純粋な学究に戻ったコンプトン、教育に力を注いだフェルミ、方向転換したシラードなどがいるが、とりわけオッペンハイマーは国民的英雄と目され政府の方針と対立していくようになる。

 

【本文】

マンハッタン計画が完遂された後、エンリコ・フェルミはシカゴに戻った。フェルミは世界初の実験原子炉を築いたシカゴ大学の屋内球戯場、スタッグ・フィールドの向かいでシカゴの都心にも近い場所に三階建ての建物を購入し、建物内部を教室、実験室、図書室などにし、訪れる者は全て拒まず、科学の知識を分け与える場所とした。シカゴに戻ってから、フェルミマンハッタン計画での不在を埋め合わせるかのように、学生の指導に力を入れ、一つ一つの授業の準備に時間と労力を費やすようになったが、余暇には物理学とは直接関係のない文学を耽読するようになった。結婚以来、妻のローラはフェルミが文学書を読む様に接したことがなかった。フェルミは物理学への道を選ぶ以前、ダンテの神曲などを耽読した少年時代に戻って物質界を越えた精神世界に想いをめぐらしたのである。


日本への原子爆弾投下に最後まで反対して終に目的を果すことができなかったレオ・シラードはジェームズ・フランクに倣って専門を生物学に変えた。シラードは多大な生命の犠牲に繋がった原子の世界の探求をこれ以上続ける気持ちにはなれなかったのである。その代わりシラードは、生物体の極小レベルにおけるメカニズムを解明することによって生命の尊さに触れたいと思った。


ワシントンDCのジョージ・ワシントン大学からマンハッタン計画に出向したエドワード・テラーはプロジェクトの終了後、フェルミや同郷の友人シラードのいるシカゴ大学で教授の職を得たが、故国ハンガリーが国民全般の意思に反してソビエトの圏内に入った後は共産主義に対する強硬論を唱え、テラーとは異なって政治に絶望し、しかも専門を生物学に変えたシラードからは次第に遠ざかった。


アーサー・コンプトンはマンハッタン計画による四年以上にわたる中断期間を経て、再び宇宙線という平和な研究課題に取り組み、シカゴ大学で教えたり宇宙線研究の協力者や講演の機会を得て世界中を旅する生活に戻った。


一九四八年秋、各種の強行政策などにも関わらず、戦後処理の手腕を評価されたトルーマン大統領は国民の圧倒的な支持を受けて再選を果たし、共産主義に対する強行姿勢が継続されることになった。原子力問題の諮問委員長としてのオッペンハイマーは一貫して水素爆弾の開発に反対したが、大統領にとってそのオッペンハイマーは日を増して厄介な存在になってきた。連邦政府の方針に対するオッペンハイマーの非協力的な姿勢の最も初期の例としては、一九四五年五月三十一日に原子爆弾の使用方法を決定するために設けられた軍事小委員会と科学者小委員会の合同会議の席上でオッペンハイマーが戦争終結後には核開発を縮小すべきだと説いたことが大統領の耳に入り、FBIによる記録としては同年八月九日に長崎への原爆投下の報に接した際にオッペンハイマーが喜びどころか不快感と憂慮を表情に露にしていたことが伝えられていた。労をねぎらうために大統領官邸に招いた際のオッペンハイマーの不礼な発言から始まり、東海岸にある複数の名門大学の教授の職に招かれながらオッペンハイマーが、マンハッタン計画に招聘されなかった平和主義者のアインシュタインがいるプリンストン大学を選んだことに至るまで、すべてが大統領の気持にそぐわなかった。また、オッペンハイマーの周囲には多数の共産主義者がいた。弟のフランク・オッペンハイマーとその妻はそろって共産党員だったが、フランク・オッペンハイマーはすでにカリフォルニア州立大学バークレー校から追われていた。オッペンハイマーが指導した学生やオッペンハイマーの友人や昔の恋人の中にも多数の共産主義者がいた。オッペンハイマーの妻キティーにとってオッペンハイマーは四人目の夫だったが、キティーオッペンハイマーには二人目の夫と共に共産党に入党した経験があった。その夫がスペイン内乱に参加して戦死した後、キティーオッペンハイマーは政治に野心を持つ男に絶望して科学者に惹かれるようになったのである。


大統領は国民的英雄であるオッペンハイマーを何とかして原子力開発関連の提言を行う政府の諮問機関から外したいと考えた。すでにオッペンハイマーの自宅や研究室の電話はFBIによって盗聴されるように装置などが設置され、その行動に常に監視されるようになっていた。

(読書ルーム(141) ソビエトとの確執 に続く)

 

【参考】

ダンテ・アルギエレ作「神曲」(ウィキペディア)

 

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