【読書ルーム(119) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス達よ』第5章  マンハッタン計画 (下) 〜 ロスアラモスでの秘密会談 1/3 】  作品の目次

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【あらすじ】

原子爆弾の用途を決定するための11人からなる小委員会の分会である科学者小委員会はロス・アラモスで夜を徹した激論を交わしたが、全員の目指すところが戦争の即時終結であるのにもかかわらず議論は紛糾を極めた。

 

【本文】

週末に当たった六月十六日、科学者小委員会はロス・アラモスで原爆の使用法だけを議題とする二回目の会合を開いた。


会合の席上、ローレンスは日本への原爆投下に真っ向から反対し、原子爆弾は示威を目的とし、死傷者が出ないように、破壊も最小限で済むように配慮した上で使用されるべきだと主張した。しかしコンプトンは都市への原爆投下なくしては日本の降伏は望めないとし、当初から二人の意見が鋭く対立した。コンプトンは、ローレンスが日本への原爆投下に反対するのはローレンスがかつて日本人学生を指導したことがあるからで、大きな決定にそのような個人的な事情を反映させることは望ましくないと主張した。コンプトン自身は一九二六年に家族と共に日本の各地を旅行したが、その際に小学生だった長男と同年齢の日本人の子供が軍事訓練を受けている様子に接し、軍国主義に巻き込まれつつある日本人を気の毒にも、恐ろしくも感じた経験があった。


コンプトンの指摘に対し、ローレンスは自分の意見は私情に基づいているのではなく一般的な道徳観に基づいているのだと反論したlxvii[16]。医学の道に進んだ弟やその他広範な分野に及ぶ科学者らの協力を得て、サイクロトロン共和国とも呼ばれる応用科学の総本山を築き上げ、ノーベル賞受賞者として名実ともにそのサイクロトロン共和国に君臨しているローレンスがその時までに目指してきたものは畢竟、人類の発展に建設的に寄与することであり、その信念はイギリス人物理学者オリファントの要請を受けて原子爆弾製造に不可欠なウラニウム235の分離に着手した後も変わることがなかった。


一方、建設的な平和主義者としてメノー派新教徒の信条を頑なに守るコンプトンは平和を取り戻すため
には手段を選ばないという立場を取っていた。三ヶ月前の一九四五年三月九日、東京大空襲によって数十万人の日本人一般市民が死傷し、百万人以上が住む家を家を失ったと聞いた時も、また原子爆弾が日本に落とされた際の市民の阿鼻叫喚を想像するにつけても、コンプトンの心中を両親から受け継いだ平和主義と非戦の理念がよぎらないわけではなかったが、それ以上にコンプトンは自国民を侵略へと駆り立てた日本政府を憎んでいた。また、コンプトンの兄でマサチューセッツ工科大学学長として戦争開始以前からレーダーの開発の陣頭指揮を取っていたカール・コンプトンは、太平洋戦線でのアメリカの優位が確保されるのと同時にレーダーによって日本軍の動きをより早く察知してその行動範囲を狭めるために、日本から解放されたフィリピンのマニラに赴き、被占領地域における日本軍の暴虐を目の当たりにしていたlxviii[17]。もしも人命の損失が不可避であるならば、失われる人命の数を最少限に留めること、そして、もしも戦いが不可避であるならば戦いの早期の終結のみを目的として戦うこと、このような考え方がコンプトン兄弟が過去において両親から教え込まれていた絶対非戦の信条に取って替わっていた。


コンプトンとローレンスが激しい議論を戦わせている間、プロジェクトにおいて科学者全体の頂点に立っているオッペンハイマーは審判員か裁判官のように口をはさまないわけにはいかなかった。しかし、プロジェクトの完遂を当面の最大の使命と感じているオッペンハイマーはどちらの肩を持つこともできず、また立場上どちらかの肩を持つことは適当ではなかった。国家的事業における最高責任者に任命されながらも青年時代の理想主義を決して捨ててはいなかったオッペンハイマーが望んでいたことはただ一つ、原子爆弾の完成と何らかの方法による使用によって地球上から一切の戦争がなくなること、それだけだった。

(読書ルーム(120) に続く)

 

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