【読書ルーム(89) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス達よ』第4章  マンハッタン計画 (上) 〜 パイロット(水先案内人)の終着地 1/4 】 本章で活躍するプロメテウス達  作品の目次

この記事の内容全ての著作権はかわまりに帰属します。

 

【あらすじ】

原子力開発に熱意を燃やす科学者たちの進捗状況の取りまとめ役と政府への報告を担ったコンプトンは1941年12月7日(日本時間8日)、定例の政府機関への報告を終えてプリンストンとニューヨークの科学者たちへ政府の反応を伝えてからの最新の報告を聞くために首都ワシントンから北上する列車に乗車した。そして列車が中間に位置するデラウェア州で日本軍がハワイ真珠湾を奇襲攻撃したことを知り、欧州での戦いにアメリカが参戦せざるを得ないのっぴきならない状況が到来したことを悟る。

 

【本文】

コンプトン委員会は一九四一年十一月六日に原子力開発の詳細な期間と費用の見積もりをヴァネヴァー・ブッシュを委員長とする国防研究委員会に提出した。報告書は原子力が将来的に発電や潜水艦の原動力として利用できるということを強調し、開発にかかる期間は三年から四年半、向こう半年間にとりあえず着手できる開発にかかる費用は三十五万ドルであると見積もった。一ヶ月後の十二月六日には予算が承認された。政府関係者は原子力開発の内容を直接知るコンプトンやカーネギー研究所の所長であるヴァネヴァー・ブッシュによって開発の可能性が確認された原子力を、どれほどの労力と費用がかかろうともナチス・ドイツに先を越されないよう、開発していく方向に意向を固めたのである。


一九四一年十二月七日の朝、前日に連邦政府での詳細な説明を終えたコンプトンはシカゴに戻るために首都ワシントンのユニオン駅で汽車に乗った。例によってコンプトンは帰途の途上、プリンストンとニューヨークのコロンビア大学に立ち寄ってウィグナー、フェルミ、ユーリーらから研究の進捗状況の報告を受けるつもりだった。クリスマスが二十日以内に迫り、ユニオン駅でニューヨーク行きの汽車に乗る人々の様子には慌ただしさが増した以外に変わったところは何もなかった。ところが正午を過ぎ、ニューヨークまでの旅程のちょうど半ばに当たるデラウェア州ウィルミントンの駅で乗車してきた全ての旅客の様子が常と異なっていた。異常に興奮しているウィルミントンからの旅客の一人に理由を尋ね、返ってきた答えにコンプトンは自分の耳を疑ったが、興奮を抑えきれずにいるウィルミントンからの全ての旅客たちの口から洩れる言葉には異口同音に動かすことのできない事実が含まれていた。「日本軍がハワイ、オアフ島アメリカ軍基地を予告なしに攻撃した。」


「卑怯だ。」「国家の恥だ。」「捨ててはおけない。」等々、事実に対する反応こそ、それぞれの旅客によって異なっていたが、コンプトンは日本が予告なしに行った先制攻撃によってアメリカがもはや後戻りのできない境地に追いやられたことを悟った。一ヶ月前に平和利用を前提としてブッシュらの国防委員会に提出した原子力開発の報告書はもはや発電や潜水艦の駆動を前提とするのではなく、原子爆弾開発を目的として政府関係者の今以上の関心を集めるに違いないのである。アメリカの参戦は目前だった。コンンプトンを含むアメリカ人は「友邦イギリスを援助したくてたまらなかったルーズベルト大統領はこれを機会に戦争回避の世論を完全に押さえ込んで参戦することになるだろう。そして、アメリカはヨーロッパではドイツとイタリアを、太平洋地域では日本を相手に戦うことになる。」と考えたが、さらにコンプトンはこれから面会することになるドイツやイタリアからの移民科学者たち、とりわけウラニウムへの中性子照射に関して科学者たちの先頭をきっているコロンビア大学フェルミのことを思った。コンプトンはアメリカのドイツとイタリアに対する宣戦布告によってこれらの亡命科学者たちを直ちに敵性外国人として遠ざけるべきものなのかどうか考えなくてはならなかった。しかし、この後に及んでそれは不可能だった。畢竟、彼ら、とりわけユダヤ系の科学者たちはドイツやイタリアの政府を憎んでアメリカにやってきたのではなかったか・・・。亡命ユダヤ人科学者の中ではハンガリー出身で一九三九年の夏にシラードと共にロングアイランドで休暇中のアインシュタインを最初に訪ねたプリンストン大学のウィグナーがとりわけナチス・ドイツに対する憎悪を露にし、原子力開発に対する政府援助をアメリカ市民の科学者からも要請するよう、コンプトンに対して真剣に懇願していた。その点に関して、妻がユダヤ人ではあるが、学問の自由を求めてアメリカに来たフェルミにはユダヤ人の科学者ほどには祖国の政府を憎む理由はなさそうだった。フェルミにはその代わり、ノーベル賞受賞者にして中性子線照射の世界的権威としての矜持があった。考えた末、コンプトンはそれぞれの科学者の実績と研究の進捗状況の他は何も問わないことに決めた。移民科学者らの政治姿勢や思想信条を追及することはコンプトンに課された役割ではなかった。

(読書ルーム(90) に続く)

 

【参考】

アーサー・コンプトン (ウィキペディア)

ヴァネヴァー・ブッシュ (ウィキペディア)

ユージン・ウィグナー (ウィキペディア)

エンリコ・フェルミ (ウィキペディア)

ハロルド・ユーリー (ウィキペディア)

 

【お知らせ】

下の画像は作りかけの本作品電子版の表紙です。出版社はお任せ出版社のアマゾン(Amazon International Services)です。ということは今のところアマゾン専用の電子ブックリーダーのキンドルのみで講読が可能だということです。こちらはそれほど高額ではありませんが有料となります。キンドル版には次のような優れた点があります。

・ 縦書き表示であること

・ 文字の大きさを変えられ、また字体を変えたり太字にしたりできること

さらにキンドルは数百冊以上の書籍を入れることができ、重量は文庫本並みです。アマゾンはお任せ出版社なので内容や誤字脱字などには自分で責任を持たないといけませんが精一杯努力する所存です。(予想価格:700円 要キンドル)

 

f:id:kawamari7:20211231235824j:image