【読書ルーム(42) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス』第2章  新時代の錬金術師たち〜錬金術の最果ての地 1/4 】  作品目次

この記事の内容全ての著作権はかわまりに帰属します。

 

【本文】

アメリカ西海岸、サンフランシスコからほど遠くない閑静な学園都市、豊かな緑に包まれたカリフォルニア州バークレーヒトラーナチス・ドイツが醸しつつあるヨーロッパの動乱からはほど遠かった。西漸運動の果ての地であるカリフォルニアでは学府においてでさえアメリ東海岸とは異なり、伝統よりもゴールドラッシュ時代を彷彿とさせる進取の気風が、象牙の塔にこもることよりも産学協働が支配的だったのであろう。この地に集った若く優秀な科学者たちによってカリフォルニア州立大学バークレー校はすでに二十世紀初頭から応用科学のメッカの様相を呈するようになっていた。そして、一九三三年にベルギーで行われた一大科学者会議、いわゆるソルヴェイ会議にアメリカ人科学者として唯一招待されたアーネスト・ローレンスはこの大学の当時における最年少の教授だった。

 

「夢見る実践家」とあだ名されたアーネスト・ローレンスはノルウェーからの移民の子孫だったが、ヨーロッパに渡って科学の理論を学んだことはなかった。ローレンスは東部の首都や大都市から遠く離れ、西海岸ともロッキー山脈で隔てられたサウス・ダコタ州に生まれアメリカ東部のエール大学などで物理学を学んでカリフォルニア州立大学バークレー校に教員の地位を得たが、長身で豊かな髪、端正な容貌を備えたローレンスは一見すると学者というよりもビジネスマンの雰囲気を備えていた。そのローレンスの頭を支配していたことはただ一つ、いかにして物理実験、とりわけ近年注目を集め始めた放射線照射の実験を効果的に制御するかということだった。第一次世界大戦中、ドイツ語教師だった父が職を失ったため、ローレンスは高校から大学にかけて学費を得るために台所用品の訪問販売に従事せざるを得なかったが、ローレンスがこのつらい経験から得たものは学費だけではなかった。ローレンスは他人の信頼を得るための身のこなし、説得力、そして生活を豊かにする道具に対する信頼などを身につけた。そしてその経験はカリフォルニア州立大学バークレー校で教員の地位を得た後のローレンスを正に人類中でも最も進んだホモ・ファーベル(道具を使う人)にするのである。

 

一九一九年にイギリスのラザフォードが天然の放射性物質から得られるアルファ線を用いて窒素原子核を破壊することに成功した。しかし、元素の中で質量数、すなわち原子核の質量が比較的小さい窒素などの原子核アルファ線によって容易に破壊されたが、もっと質量の大きな元素の原子核は自らの正電荷によって正電荷を帯びた粒子線であるアルファ線を斥けてしまうのである。「アルファ線を加速しよう。電磁場を利用してアルファ線の粒子を早い速度で照射すれば質量数の高い元素の原子核も破壊することができるかもしれない。」こう考えたのはローレンスだけではなかった。イギリスの歴史的に名高いカベンディッシュ研究所でラザフォードと共に研究を行っていた

 

コックロフトとワルトンはアルファ線を並べた磁石が作り出す磁場をくぐらせることによってアルファ線の粒子速度を加速することに成功した。しかし、ローレンスはコックロフトとワルトンが成功した方法がアルファ線の粒子速度を加速する方法の全てだとは思わなかった。コックロフトとワルトンの方法では、電圧と同じくボルティッジで表される粒子速度をさらに高めるためには際限もない数の磁石を際限もなく長い照射経路に並べなくてはならないからだった。「加速された粒子を何らかの応用に供するためには加速機はもっとコンパクトに作られなければならない。」こう考えていたローレンスはカリフォルニア州立大学バークレー校の助教授だった一九二九年のある日、あるドイツの技術者が書いた実験機器についての論文に接した。読み慣れないドイツ語=の説明ではなく、機器の図に見入っていたローレンスの頭にひらめいたものがあった。

「磁石を中心に配置し、粒子がその周囲を回りながら加速されるような加速器はできないものだろうか?」

研究室に戻ったローレンスはさっそくコーヒーの空き缶と磁石を組み合わせた粒子加速器を考案し、アルファ線の加速の実験を行った。そして工夫を重ねた後、コックロフトとワルトンが作製した大規模な線形加速装置にははるかに及ばないものの、何とか粒子のボルティッジを高めることに成功し、翌年秋、二十五ドルを支出して特注の容器などで体裁を整えた直径四インチ(約十センチ)装置を「サイクロトロン」と名づけて学会で呈示した。加速粒子のボルティッジは八万エレクトロン・ボルトで、いまだ質量数の高い原子核を破壊するほど優れてはいなかったが、学会に出席した科学者たちは一様にコックロフトとワルトンが考案した大掛かりな線形の粒子加速装置と比較したローレンスの装置の扱いやすさに感心した。

(読書ルーム(43) に続く)

 

【参考】

アーネスト・オーランド・ローレンス (ウィキペディア)

 

サイクロトロン (ウィキペディア

 

加速器 (ウィキペディア)

磁場を用いて荷電粒子に円形の軌道を描かせて加速する加速器のうち、磁場が時間的に変化しないものをサイクロトロン(cyclotron)と呼ぶ。(ウィキペディアより)

 

【解説】

前のセクションではアインシュタインアメリカ移住する経緯を描きながら第一次世界大戦後のヨーロッパ主要国での原子力開発の状況を概説したが本セクションではアメリカにおける萌芽期の原子力開発、そしてその担い手を描いた。

 

【お知らせ】

下の画像は作りかけの本作品電子版の表紙です。出版社はお任せ出版社のアマゾン(Amazon International Services)です。ということは今のところアマゾン専用の電子ブックリーダーのキンドルのみで講読が可能だということです。こちらはそれほど高額ではありませんが有料となります。キンドル版には次のような優れた点があります。

・ 縦書き表示であること

・ 文字の大きさを変えられ、また字体を変えたり太字にしたりできること

さらにキンドルは数百冊以上の書籍を入れることができ、重量は文庫本並みです。アマゾンはお任せ出版社なので内容や誤字脱字などには自分で責任を持たないといけませんが精一杯努力する所存です。(予想価格:700円 要キンドル)

 

f:id:kawamari7:20211231202445j:image