【読書ルーム(43) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス』第2章  新時代の錬金術師たち〜錬金術の最果ての地 2/4 】  作品目次

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【本文】

翌年、ローレンスは八百ドルの補助を得て作製した直径十一インチ(約二十六センチ)の同様の装置で重水素を百十万ボルトにまで加速することに成功した。「ボルティッジをより高めるためには装置をより大きくしなければならない。」こう考えたローレンスと共同研究者たちはすぐさま直径二十七インチのサイクロトロンの設計と制作費の捻出に着手した。直径二十七インチのサイクロトロン重水素などの粒子を二千万ボルトにまで加速するとローレンスは予期した。ローレンスはただ極小の世界中を操作するための装置を作ることに専念し、装置を用いることによって極小世界で引き起こされた結果には比較的無頓着で、ローレンスに協力する後裔たちにも装置の設計や使用の上での考案以上を期待することはなかった。しかし、そのローレンスが自分が極小世界を探索するための画期的な道具を期せずして開発しようとしていると自覚する契機となるニュースが一九三二年の五月に報道された。

 

元来、ローレンスはイギリスのラザフォード卿がアルファ線を用いて成功した質量数の低い元素の転換を、アルファ線などの粒子を加速することによって質量数の高い元素にも応用しようとしてサイクロトロンを考案したのではなかったのか・・・装置の設計と装置建設のための費用捻出に忙殺されていたローレンスはそのことをすっかり忘れていたのである。そしてローレンスがその知らせに接したのは皮肉なことに新婚旅行の最中だった。

 

ローレンスはエール大学在学中に知り合った、エール大学医学部長の娘モリー・ブラマーをカリフォルニアに移った後も忘れることができず、二人は頻繁に連絡を取り合っていた。ローレンスが大学教員、そして科学者としての地位を固め、ラドクリフ女子大学で生物学の研究に従事していたモリーが自らの研究を断念してローレンスに従う決心をするまで、二人は長い求婚期間を経て結ばれたのであるが、初夏のロング・アイランドに滞在していた二人の新婚旅行はイギリスの科学者チームが原子量の高い元素の原子を破壊することに成功したらしいというラジオの報道によってあっけなく終わった。カリフォルニアに戻る道中、ローレンスは新妻にこう言った。

サイクロトロンを使えばもっと目覚しい研究成果があがるに違いない。その成果を見た後でゆっくり旅行しよう。」

 

大学に戻ったローレンスはサイクロトロンから照射された加速粒子が当たった物質の変化に関して全く関心を払わなかったことを後悔した。サイクロトロンを用いることによってローレンスはイギリスのチームが確認したのと同様のことをずっと以前から手中でそれとは知らずに実現していたのだった。そしてさらなる学問成果を結実させるためには機械装置の設計や粒子加速に関心を払う科学者だけではなく、物質の組成などにも明るい科学者にサイクロトロンの使用法を教えて実験を行わせる必要があった。

 

ローレンスの驚きはこれだけには留まらなかった。ジョリオ=キューリー夫妻がアルファ線照射によって放射能を人工的に惹起することに成功したと聞き、ローレンスさすぐさま仲間と共にサイクロトロンを使って同じ実験を行ってみた。そして、ジョリオ=キューリー夫妻が確認したのと同じことをすでに何ヶ月も以前からやはりそれとは知らずに惹起していたことに気付いたのである。ローレンスがこのことに気付かなかった理由は簡単だった。ローレンスのサイクロトロン放射能の存在を示すガイガー計数管を備えてはいたが、そのガイガー計数管はサイクロトロンが粒子を加速している最中しか稼動しないようになっていた。加速粒子を照射された後の物質の中には粒子の照射が止まった後も強い放射能を示すものがあった。ローレンス自身が自らが開発したサイクロトロンの威力と可能性を十分に自覚していなかったのである。

 

ローレンスは「未来においては実験室が神殿になる。その神殿は想像もつかないような恩恵をもたらすのだxix[3] 。」と信じていたが、そのローレンスに追随する科学者は物理学を専門とする者ばかりではなかった。また、最初の四インチのサイクロトロンの考案から四年たった頃にはサイクロトロンの使用法に習熟した科学者が全米各地の研究所などで職を得ていた。その一人がX 線のボルティッジを高める装置を考案したデービッド・スローンだった。スローンの装置はたちどころに今まで不治の病だと考えられていた癌や悪性腫瘍の治癒に用いることができるのではないかという期待を集めた。そしてその頃、ローレンスの弟ジョンはエール大学の医学部で研究に従事していた。

 

バークレーからほど遠くないサンフランシスコにあるカリフォルニア州立大学付属病院でX 線照射による癌治療の成果が確認された後、ローレンスは弟ジョンに依頼し、癌に罹ったネズミ千匹に加速粒子を当てるという実験に取り組ませることにした。ジョン・ローレンスは大陸を隔て東部のエール大学に在籍しながらも、一九三五年の夏頃から出来る限り兄に協力した。ほどなく、二人の母のグンダ・ローレンスが子宮ガンで一ヶ月の余命を宣告された。

 

ローレンス兄弟は躊躇せず、母は野心に燃える二人の息子に喜んで自分の身を捧げた。サンフランシスコの病院で放射線治療を受けた兄弟の母は嘔吐などの放射線症状に悩んだが、癌は治癒し、宣告されたよりもはるかに長い余命を享受することができた。

 

アメリカが大恐慌に喘ぎながらもナチス・ドイツに追われた優秀なユダヤ人学者を受け入れようとしていた時、進取の精神に富んだローレンスの周りに集った物理学、化学、生物学、医学などの研究者たちはローレンスが開発したサイクロトロンを中心としてサイクロトロン共和国とでも呼ばれるのが相応しい応用科学のメッカを築きあげるための努力にしのぎを削っていた。そしてその頃、大学学部や大学院で進路を模索していたローレンスよりも六歳年下のマクミラン、十一歳年下のシーボーグなどは一九四十年前後にカリフォルニア州立大学バークレー校のローレンスのもとに集い、ローレンスが開発したサイクロトロンを駆使する新世代の錬金術師に成長していくことになるのである。

(読書ルーム(44) に続く)

 

【参考】

エドウィン・マクミラン (ウィキペディア)

グレン・シーボーグ (ウィキペディア)

 

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