【読書ルーム(41) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス』第2章  新時代の錬金術師たち〜科学の教皇旧大陸を去る  8/8 】  作品目次

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【本文】

ヒトラーが率いるドイツ国社会主義労働党ナチス)がドイツの総選挙で勝利を収めるのとほぼ前後して有権者の絶対的な信頼と希望を集め、ヒトラーがドイツの首相に就任するのとほぼ同時に政権担当の宣誓を行った政治家がいた。アメリカの第三十二代大統領、フランクリン・ルーズベルトである。

ルーズベルトが大統領に立候補した頃、アメリカ国内は大恐慌の真っ只中にあった。したがって、大統領就任後のルーズベルトが真っ先に取り組まなければならなかった問題は経済の活性化と失業者に職を与えることだった。民主党選出の大統領であるルーズベルト民主党選出の前回の大統領ウィルソンの国際政治における目覚しい活躍に誇りを感じ、いつの日かアメリカが世界の秩序を主導するようになることを夢見ていた。しかし、ルーズベルトが大統領に就任した時分はその時ではなかった。

 

ルーズベルトは、イギリスの経済学者ケインズの理論に深く傾倒して経済を為すに任せる古典的な考え方に疑問を呈していたロシア生まれの経済学者アレキサンダー・サックスを全面的に信頼し、サックスの提案によってテネシー峡谷開発計画などの公共事業を行い、それらによって失業者に職を与え、労働者の権利を擁護してその生活水準を維持させようとした。しかし、これらの一連の政策と、ドイツで進行中のユダヤ人排斥政策によってドイツを去らざるを得なくなったユダヤ人を受け入れることは決定的に矛盾していた。何を置いてもまず、国内に溢れる失業者に職を与えること、それがルーズベルトに課された使命だった。

 

このような、どちらかと言えば移民排斥を基調とするアメリカの国内政治の流れの中、多くのアメリカの大学がユダヤ人の学者を受け入れたのは、一重にアメリカ各大学がヨーロッパの学問水準に追いつき、ひいてはいつの日か必ずやヨーロッパの学問水準を凌駕してやろうという意気に燃えていたからである。

 

アメリカ最古にして最高学府であるハーバード大学の学部を三年で、しかも優等賞を得て卒業したオッペンハイマーがゲッチンゲンの大学で秀才に囲まれて打撃を受けたことからもわかるように、二十世紀前半に中等教育以上のアメリカの教育や学問全般の水準は必ずしも高くはなかった。とりわけ自然科学に関してアメリカはヨーロッパに遅れを取っていたが、そのアメリカの大学の中で自然科学の分野で他に抜きん出てヨーロッパの水準に達しようとしていたのはアメリカ東部でアメリカ独立以前から主として牧師を養成する神学校として建てられたいわゆる「アイビー・リーグ」と呼ばれる名門大学ではなかった。

 

アメリカ人初のノーベル物理学賞の受賞者となったマイケルソンはシカゴ大学で研究を行った。二人目のミリカンはコロンビア大学とドイツのゲッチンゲン大学で学んだが、教授として研究を行ったのはカリフォルニア工科大学、後にシカゴ大学だった。三人目のコンプトンはシカゴ大学の教授だった。一九三四年にアメリカ東部ニューヨーク市にあるコロンビア大学の教授ハロルド・ユーリーが重水の発見という画期的な業績によってノーベル化学賞を受賞するが、概して、アメリカにおいては科学の中心は存在せず、広い国土に散らばった各大学が我こそがアメリカにおける自然科学のメッカにのし上がろうとしのぎを削っていたのである。多くのユダヤ人学者がアメリカに受け入れられた事実にはこのような背景も存在した。

(読書ルーム(42) 錬金術の最果ての地 に続く)

 

【参考】

ロバート・オッペンハイマー (ウィキペディア

アルバート・エイブラハム・マイケルソン (ウィキペディア)

ロバート・ミリカン (ウィキペディア)

アーサー・コンプトン (ウィキペディア)

ジョン・メイナード・ケインズ (ウィキペディア)

 

 

【解説】

「科学の教皇が新大陸に渡る」の最期のセクションでは前の数セクションで記述したヨーロッパ各国での科学者の活躍の延長としてアメリカの状況を概説した。新興勢力としてのアメリカについては次からのセクションで詳述される。

 

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