【読書ルーム(91) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス達よ』第4章  マンハッタン計画 (上) 〜 パイロット(水先案内人)の終着地 3/4 】 作品目次

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【あらすじ】

アメリカの参戦は未だアメリカ国籍を取得していなかったフェルミの活動に思わぬ影響を及ぼした。ノーベル賞受賞者ファシズムを嫌ってアメリカに移住してきたとは言っても敵性外国人とみなされてあらゆる制限と監視の下に置かれることになった。こんな中、研究の中心を定めるべきだという政府の意向を受けてコンプトンは東海岸ニューヨークからシラード、西海岸バークレー(サンフランシスコ)からローレンスを自身の拠点であるシカゴに招いて研究の中心について議論させた後にいきなりシカゴ大学原子力開発の拠点とすることを宣言したがこれは自ら発明したサイクロトロンの威力を誇るローレンスにとっては屈辱と驚きだった。しかしこの時コンプトンはローレンスがバークレーで用いているものより遥かに規模が大きいサイクロトロンをシカゴ郊外に建設することを年頭に置いていたのである。

 

【本文】

日本による奇襲攻撃という国家の恥辱を甘受した本年はクリスマスの祝祭は自粛するべきだと衆人が主
張したのに反して、大統領ルーズベルトホワイトハウスの照明の飾り付けを例年通り行わせ、「このクリスマスの灯火が全体主義に対抗する自由主義の灯火となるように。」と語ってアメリカ国民の戦意を鼓舞した。

 

アメリカの自由と民主主義を心から信奉し、核分裂の連鎖反応惹起のためにクリスマスを返上して働いたフェルミは、一九四二年の年初以降、好むと好まざるとにかかわらず、アメリカの世界大戦への参戦によって日系市民や他のイタリア系市民、非ユダヤ人のドイツ・オーストリア系市民と同様に「敵性外国人」のレッテルを貼られることになった。フェルミの行動は当局によって監視され、居住しているニュージャージー州から毎日通勤しているニューヨーク州コロンビア大学は別として、会合や講演などで州外に出向く際には州政府に旅行先や目的などを報告するという義務が課された。シカゴ大学のコンプトンが采配を振るうようになってから、フェルミは説明などのためにシカゴに出張する機会が増えた。フェルミは一家が居住していたマンハッタンからジョージ・ワシントン橋を越えてすぐのニュ
ージャージー州レオニアに転居していたが、ペンシルバニアとの州境に近いニュージャージー州の州都トレントンにまで出張の都度、報告にいかなければならなかった。

 

日本軍による真珠湾攻撃の前日に原子力開発プロジェクトが予算を伴って本格的に開始されたことに
伴い、プロジェクトの本部や拠点などを明確にする必要が生じた。一月の始めにコンプトンは、プロジェクトの本部として指名されているニューヨークのコロンビア大学ニュージャージー州西部にあるプリンストン大学、中西部のシカゴ大学、西海岸のカリフォルニア州立大学バークレー校の四箇所の代表をシカゴに招いて原子力開発研究の本部を設置について協議することにした。プロジェクトの本部はこの四箇所の責任者の間で決定されることになり、ローレンスがカリフォルニア州立大学バークレー校を、シラードがコロンビア大学プリンストン大学を代表してシカゴに赴いた。

 

カリフォルニア州バークレーに近接するサンフランシスコから汽車に乗ったローレンスは、何基ものサイクロトロンを備え、前年秋には全米を代表する原子物理学研究の拠点としてイギリス原子力開発プロジェクトの代表オリファントの訪問を受け、つい最近にはシーボーグら、若い放射線化学者たちが人工新元素生成という快挙を成し遂げた自分の住処、すなわちカリフォルニア州立大学バークレー校がプロジェクトの中心として最も相応しいと考え、自信たっぷりでシカゴにやってきた。シカゴに到着すると、会議の場所がシカゴ大学ではなくコンプトンの自宅だと知らされ、ローレンスは驚いた。

 

その時、コンプトンはひどい風邪をひいていて、自宅から厳寒のシカゴの街中に一歩も出ることができず、車を運転することもままならなかったのである。コンプトンの自宅の屋根裏部屋に急ごしらえでしつらえられた会議場でシカゴ以外の三箇所の拠点から集まった原子物理学者を前にし、風邪の熱で朦朧としたコンプトンは、ローレンスとシラードに加えてニューヨーク大学の物理学者の三人が交わす議論に耳を傾けたが、三人がそれぞれの意見を述べた後、プロジェクトの拠点は東西の中間に位置するシカゴ大学だと高飛車に言い放って会議は簡単に終わった。ローレンスには自分苦心して開発したサイクロトロンが研究の中心に据えられないのが不満でさらに食い下がった。
シカゴ大学では研究の進捗が遅すぎる。原子力開発の拠点をシカゴに移したりしたら今年の終わりまでに核分裂の制御を完遂できない。賭けてもいい。」

 

ローレンスのこの言葉にコンプトンは賭けに乗ることを宣言した。コンプトンが今年の終わりまでにシカゴで連鎖的な核分裂の惹起を成功させると言いはなったので、ローレンスは結局、手塩にかけて育ててきたシーボーグら放射線化学者にシカゴへの引越しの準備をするよう命じるためにしぶしぶサンフランシスコに戻っていった。しかし、コンプトンはその頃すでに、現存するものの規模をはるかに超えるサイクロトンが学園都市ではなく全く新しい場所に建設されなければならないと感じていた。

(読書ルーム(92) に続く)

 

【参考】

グレン・シーボーグ (ウィキペディア)

 

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