【読書ルーム(141) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス達よ』第6章 冷戦 〜 ソビエトとの確執 1/8 】    作品の目次   このブログの内容全ての著作権はかわまりに帰属します。


【あらすじ】

1949年にソビエト連邦が核実験に成功してアメリカの核兵器開発の独占体制が崩れるとともに科学者の中からスパイの容疑で逮捕される者が現れ、またアメリカ国内の科学者の核開発、とりわけ水爆開発に対する考え方も二極化した。但し、水爆実験び賛成する科学者の中でもフェルミやラバイのように純粋に人類の知識の蓄積に資することが動機のものとハンガリー出身のテラーのようにソ連の拡張主義に対抗することを目的とする者など、意見の根拠はまちまちだった。

 

【本文】

一九四九年の九月の始め、カムチャッカ半島近辺を飛行中のアメリカ軍の偵察機が大気中に散乱した放射性物質を感知し、まもなくそれは数日前の九月二十九日にソビエトカザフスタンプルトニウム爆弾の実験に成功したためであるということが判明した。世界の核兵器開発におけるアメリカの独占に終止符が打たれた。アメリカ政府にとって打撃だったのは、この時にソビエトが実験に成功したプルトニウム爆弾が、アメリカでの開発法を完全に模倣して、すなわちスパイなどの活動によって得られたアメリカでの情報に基づいて製造されたらしいという情報だった。オッペンハイマーは立場上、間髪を入れずにソビエトの核実験成功の知らせを知らされたが、一般のアメリカ国民がこの事実を知らされたのは事実が発覚してから三週間も経過した九月二十三日だったxcviii[14]。ソビエトが核実験に成功し、アメリカの独占が崩れた後も、オッペンハイマーは頑なに水素爆弾開発に反対し続けた。しかし、日本への原子爆弾投下直後には核兵器開発の推進にこぞって反対した科学者小委員会の四人のメンバー、オッペンハイマーフェルミ、コンプトン、ローレンスのうち、ローレンスは意見を変えた。原子爆弾保有によってアメリカの国際社会における優位がもはや確保されないのならば、アメリカは水素爆弾保有すべきであるとローレンスは考えた。


一九五○年、トルーマン大統領は世論の圧倒的な支持を受けて水素爆弾開発計画の推進を決定した。この年、FBIスコットランド・ヤードの協働によってイギリスの大学で物理学を講じていたクラウス・ファックスが戦争中にロス・アラモスでソビエトの利益のために行った数々のスパイ行為が暴かれ、ファックスは逮捕された。イギリスで裁判を受けたファックスはアメリカ人から見ればスパイ罪に対する刑罰としてはきわめて軽い十四年の禁固刑に処せられた。


イギリスに亡命した直後からファックスを知っていたボーアはファックスがスパイ容疑で逮捕されたことを聞いてじっとしてはいられなかった。ボーアにとってファックスの逮捕は不条理でしかなかった。一九三九年の一月にボーアは核分裂と核エネルギーに関して他の科学者の慎重論を受け入れずに独走してラジオ番組で核エネルギーの可能性について喋ってしまったフェルミを厳しく叱責したが、今ではボーアは完全にフェルミと同じく、科学技術は万人によって共有されるべきであるという考えを持つようになっていた。しかし、一九三九年のフェルミとファックスの逮捕を知った後のボーアの間に相違があるとすれば、それは科学の知識の開示はもはや原則論に留まらず、国際平和になくてはならない必要条件となったとボーアが感じていたことである。ボーアは国連に書簡を書き送り、科学技術における全ての発見や事実は国家や社会体制、信条などを越えて万人によって共有されるべきであると説いた。ロス・アラモスで何人かの科学者が主張していたように、もしも、アラモゴルドのプルトニウム爆弾の実験にソビエトの科学者が招待され、原子爆弾に関する全ての知識が米ソで共有されていたならば、ファックスのようなスパイが活躍する余地はなかったのである。しかし、国連に対するボーアの主張は西側陣営の政治家や司法関係者には何らの影響も与えず、ファックスは判決どおり、科学者としての生命を絶つ長期間の禁固刑に処せられてしまった。刑期を終えた後のファックスは、東ドイツで教鞭を取ることを許され、西側世界から追放された。アメリカではこの後、ローゼンバーグ夫妻のスパイ事件が発覚してファックスの事件がイギリス国民に与えたものよりもさらに大きな衝撃をアメリカ国民に与え、ローゼンバーグ夫妻は裁判の結果死刑に処せられた。

(読書ルーム(142) に続く)

 

【参考】

ローゼンバーグ事件 (ウィキペディア)

 

クラウス・フックス (ウィキペディア)

 

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