【読書ルーム(131) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス達よ』第6章 冷戦 〜 エプシロン作戦 3/5 】  作品の目次

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【本文】

ラジオを聴き終わった十人の科学者の間では以下のような会話が交わされた。


コーシング: アメリカには恐るべき規模で本気になって協力体制を打ち立てるだけの力があったということだ。ドイツでは不可能だったな。それぞれのチームがお互いの重要性をこき下ろすだけだった。


ゲルラハ; ウラニウム班に関する限り、そんなことは言えないだろう。


コーシング: もちろん、公式にはそんなことは言えないけれどね。


ゲルラハ (声を荒げて): 非公式にだってそんなことは言えない!私に逆らわないでくれ。機密外の人間もここにいるんだから。


ハーン: 当然、われわれは彼等ほどの規模で仕事をすることはできなかった。


ハイゼンベルク: 大規模な予算がドイツで最初に認められたのは我々がルスト(教育相)に会った後の一九四二年の春だった。その会合で我々は開発成功には絶対的な可能性があると言ってルストを納得させたんだ。


バッヘ: それより前じゃなかったかもしれないし・・・。


ハイゼンベルク: 一方で重水に関して、私はいろいろと骨を折ったが爆弾に結びつけることはできなかった。


ハーテック: エンジン(原子炉)が稼動するまではね。


ハーン: 彼らは原子炉よりも先に爆弾を作って「そのうちに原子炉も作る。」と言っているようだ。


ハーテック: もしも、スペクトログラフlxxxviii[4]の大規模な使用によって爆弾が作れたとしても、五万六千人もの人間を動員することなどはわれわれにはできなかっただろうから、そんなことは絶対に達成していなかっただろうな。


フォン・ワイゼッカー: V-1 と V-2 のロケット計画に動員されたのは何人だったっけ?


ディーブナー: 何千人かだった。


ハイゼンベルク: 一九四二年の春に政府に向かって十二万人の人間を我々の仕事に振り向けてくれと言うだけの勇気はなかった。

 

フォン・ワイゼッカー: 我々がそんなことをしなかったのはそもそもそんなことをしたくなかったからだ。われわれがドイツを勝たせようと思っていたらドイツは勝っていた。


ハーン: それは信じられないな。でもわれわれがドイツを勝たせなくてよかったよ。


ハイゼンベルク: 要は、ドイツの科学者と政府の連携関係のせいで、われわれはやる気をそがれてしまったんだ。一方で、ドイツの政府がわれわれを信用してくれなかったからわれわれにやる気があっても実行に移すことはむずかしかっただろうな。


ディーブナー: 政府の役人たちが即戦力になるものにしか関心を示さなかったからだ。アメリカと違って彼らは長期的な計画に取り組もうとはしなかった。


フォン・ワイゼッカー: もし必要なものが全部手に入っていたとしても、アメリカやイギリスが行き着いたところまでわれわれは行き着いていなかっただろう。そのことには全く疑問の余地がない。われわれだって、彼らがいきついたところにほんの少しで到達できるところだったんだ。でも、目標は戦争が終わるまでには達成されないとみんなが思っていたことも事実だ。


ハイゼンベルク: そうかな、それは違うんじゃないのか・・・。わたしはウラニウムのエンジン(原子炉)が作れると絶対に確信していたけれど、爆弾を作ろうなんて考えたことはなかった。それに、私は心の底で爆弾ではなくてエンジン(原子炉)が出来ればいいと思っていた。わたしには認めなくてはいけないことがあるんだが・・・。


フォン・ワイゼッカー: われわれが成功しなかったことについて言い訳をする必要はないだろう。でも、われわれは成功したくなかったということを認めるべきだ。


ヴィルツ: われわれドイツ人が発見したことを、ドイツ人ではなくアメリカ人が使ったということは明らかだな。われわれの発見をまさかアメリカ人が使うとは思わなかった。


会話の最中にまずハーンが席を立ち、ハーンの心中を察したフォン・ラウエが寝室に向かうハーンを追った。次にゲルラハが席を立ったが、その後、ゲルラハの寝室の外を通りかかったフォン・ラウエとハーテックはゲルラハの悲痛な嗚咽の声を聞いた。二人は核分裂を世界で初めて確認したハーンが原子爆弾の被害の大きさに極度の打撃を受けて放心状態に陥ってると推測したが、一方で兄が親衛隊(SS)に所属し、ゲシュタポとの関わりも深かったゲルラハはドイツの後進性を見せつけられたことによるくやし涙にくれているだけであり、ハーンが受けた心の傷のほうがゲルラハのそれよりも深いと二人は想像した。しかし、それでも声を立てて泣いているゲルラハをそのままにはできず、フォン・ラウエとハーテックは一緒になって懸命にゲルラハを慰めた。ゲルラハはフォン・ラウエとハーテックに涙ながらにこう語った。

 

「私は爆弾のことなんか考えたことはありませんでした。でもハーン教授が発見したことを真っ先に有用な目的に利用するのはわれわれを置いて他にはいないと思っていました。私たちみんな、毎日ここで王侯貴族みたいな暮らしをして、ドイツに帰ったらどんな目に会わされるんでしょう・・・。」
その後、ハーンがゲルラハの寝室を訪ねてこう尋ねた。
「君はウラニウムで爆弾を作れなかったことをくやしく思っているのか?私は爆弾を作らなかずに済んだことを神に感謝しているが、君はアメリカ人がわれわれよりもうまく事を運んだことに落胆しているんじゃないのか?」
ハーンに対してゲルラハは「そうです。」と答えた。


更にハーンは「君はもちろん、ウラニウム爆弾みたいな恐ろしい兵器がほしかったわけではないだろう。」とゲルラハに尋ねたが、ゲルラハはその問いに対して「そのとおりです。私たちは爆弾を作るために仕事をしていたのではありません。でも、こんなことがこんなに早く実現するなどとは思っていませんでした。私たちが懸命に取り組んでいたのは未来のエネルギー源開発に他ならなかったと私は固く信じています。」と答えた。ゲルラハに向かってハーンはただ次のように言った。「われわれが爆弾を投下したのでなくて本当によかったよ。」

(読書ルー(132) に続く)

 

【参考】

ゲシュタポ (ウィキペディア)

 

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