【読書ルーム(153) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス火山達よ』第6章 冷戦 〜 功労者たちのその後 5/9 (ゴードスミット)】  作品の目次  このブログの内容全ての著作権はかわまりに帰属します。

 

【本文】

アルソス・ミッションでのヨーロッパでの任務を終え、アメリカで大学教授の職に復帰した後、要請があった場合にだけアルソスが継続的に使命とするドイツ原子力開発計画の全容を解明する仕事に従事していたゴードスミットは、アルソス・ミッションでの自分の体験を語る本を執筆しようと思い立った。しかしそれを聞いたレズリー・グローブスは心中穏やかではなかった。連合国内部の規約により、イギリスに抑留された十人の科学者の会話を盗聴したエプシロン作戦は全く秘密にしなければならなかったのである。グローブスはゴードスミットにこの規約について念を押し、体験記の出版を諦めさせようとした。しかしゴードスミットは体験記執筆の詳細な意図をグローブスに語り、エプシロン作戦の存在に関しては絶対に秘密を守ることと、出来事の核心を明らかにするためにどうしてもエプシロン作戦の盗聴記録から引用しなければならない場合でも、尋問などの他の方法によって知ることができたと書くと約束した。ゴードスミットの意図はナチス・ドイツの脅威と暴虐を暴き、その上で、それまで世界の最先端を行っていると信じられていたドイツの科学がナチスによっていかに抑圧されたかを明らかにし、科学と道徳の両面におけるアメリカなど民主主義各国の優位性を論証することだった。

 

イギリスでの抑留から解き放たれて同僚の科学者たちと共に飛行機でドイツに帰された後、ハイゼンベルクはドイツの学問の復興に努めると共に、戦争中にナチス政府のもとで自分が取った行為の釈明に尽力した。ハイゼンベルクはまず、西側に対する自分の協力姿勢を明らかにするために次のように語った。
「私が空襲で脅かされたカイザー・ウィルヘルム研究所をフランス系住民が多く、戦後にフランスに帰属することになったエルザス=ロートリンゲンアルザス=ロレーヌ)の中心シュトラスブルグ(ストラスブール)の郊外に移したのは、戦後になって研究成果をソビエトに摂取されないよう、仮研究所をできるだけ西に置きたかったからです。」
その後、アメリカの原子爆弾開発過程が明らかにされるにつれ、ハイゼンベルクはドイツ人の科学者の道義性と知的水準を弁護し、世界初の原子力利用の成功をアメリカに譲ったことについてはドイツでは目的を発電に絞って原子力開発が推進されたこと、そして連合軍の間断ない爆撃によって実験室を転々と移転せざるを得なかったこと、中性子の速度を調整する物質として当初は重水が最適であると考えられたが、一九四三年に世界で唯一重水を量産することのできるノルウェーの工場が連合軍によって破壊されたことなどをドイツが原子力開発を達成できなかった理由として掲げたcv[21]。


ハイゼンベルクのこれらの釈明にゴードスミットは全く耳を貸さなかった。また、英語に翻訳されたファーム・ホールでの盗聴記録の隅々にまで目を通しながらもゴードスミットは昔の朋友らの間で交わされたシェークスピア劇まがいの言葉の行間まで読んで彼らの隠された心情を理解しようとは思わなかった。それはゴードスミットの意図でも職務内容でもなかった。
「そんなこと(原子爆弾の開発と日本への投下)をするなんてアメリカ人は恐ろしいやつらだ。気違い沙汰だ。」と言ったフォン・ワイゼッカーの正義感も、オットー・ハーンの女々しい絶望も、科学者に対して非協力的だったとしてナチス政府の行政を責めるハイゼンベルクの負け惜しみとも言い訳ともつかない言葉も、ハイゼンベルクの心情を代弁しているかのような「われわれが成功しなかったことについて言い訳をする必要はないと思う。でも、われわれは成功したくなかったということを認めるべきだ。」というフォン・ワイゼッカーの言葉も、全てがゴードスミットには無関係だった。ゴードスミットはただ、ナチスの悪を世に対して示し、その一環として原子力開発計画が存在し、邪悪な政府の下で優れた科学者たちの努力があだ花に終わったという事実を語ろうと思った。

(読書ルーム(154) 「シラード」に続く)

 

【特注】

サミュエル・ゴードスミット(オランダ語=ハウシュミット)はプロメテウスとしては他の科学者とはかなり異質である。ただゴードスミットには原子力開発に力を注いだ科学者の多数を占めた物理学者と肩を並べられる物理学の知識があり、多くの物理学者を知己とし、とりわけマンハッタン計画で水先案内人(パイロット)の役割を果たすことになったエンリコ・フェルミアメリカに招いたという功績がある。また理論の域を出ることがなかったドイツの原子力開発計画の全容を明らかにしたのもゴードスミットだった。

 

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