【読書ルーム(132) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス達よ』第6章 冷戦 〜 エプシロン作戦 4/5 】  作品の目次

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【本文】

その夜、居間や各寝室で科学者同士の語り合いが続いた。そして夜中の一時半には全員がそれぞれの寝室に入ったが、その晩に限って一晩中続けられた録音には各部屋での落ち着きのない寝返りやため息の音が記され、ドイツ人科学者たちが深い衝撃を受けたことを示していた。


就寝に先立って、当直の担当官がフォン・ラウエをこっそりと脇に呼んで耳打ちした。
「ハーンが自虐的な行為を取ったりしないように気をつけてください。」


ハーンが「自分の発見が兵器開発に応用されたりしたら自殺する。」と半ば公然と語っていたことはカイザー・ウィルヘルム研究所の元所長ペーター・デバイなどが証言し、十人のドイツ人科学者たちを抑留したイギリス当局も熟知するところだった。フォン・ラウエはハーンのことを気にかけながらも担当官にはこう答えた。
「ハーンよりもゲルラハのほうが心配です。」


翌朝、不眠の夜が明けて科学者全員が朝食に集合した際、ハイゼンベルクの分身とも言えるフォン・ワイゼッカ-は重い頭を高く掲げ、毅然として言い放った。
「われわれドイツ人科学者はヒトラーナチスの下でさえ原子爆弾の開発には絶対に手を染めず、原子力発電のためのエンジン(原子炉)の開発に専念していたのに、アメリカとイギリスの科学者たちはその間に人殺しの道具を作っていたんだ。この事実は歴史にはっきりと記録されるだろう。」


その日、ファーム・ホールに赴いたイギリス軍のリトナー少佐は、集まった十人の科学者たちに、十人が連合国側に協力する意志を示し、専門家として敗戦時のドイツでの原子力開発の状況に関して知っている限りを連合国側に打ち明けるならば、より早い時期に全員をドイツに返すことができると言った。リトナー少佐は屋敷の壁とい壁に盗聴器がしかけられ、全ての会話が盗聴されていることなどは当然のことながら抑留者たちに対しては黙っていたが、声明文の作成が十人の間での原子力に関するより活発な会話を促すことを期待した。


こうして、七日の午後から約一日を費やして十人のドイツ人科学者たちは降伏時のドイツにおける原子力開発の状況記述すると共に連合国に対する全員の協力姿勢を表明する短い声明文を作成した。


「ここ、二、三日の間、各種報道機関がドイツにおける原子爆弾開発に関して根拠のないか部分的に間違った情報を間断なく報道しているので、私たちはここにウラニウムに関する私たちの開発状況について簡単に述べたいと思います。


1. ウラニウム原子核における核分裂は一九三八年の十二月にベルリンのカイザー・ウィルヘルム研究所化学部のハーンとシュトラスマンによって確認されました。これは純粋な学問研究の結果であり、実用を意図して発見されたわけではありませんでした。この発見が公にされた後にいくつかの国々においてほとんど同時に原子核の連鎖的な分裂が発見され、核エネルギーの利用が技術的に進められることになりました。


2. 戦争初期に一群の科学者が核エネルギーの実用化に向けて研究を進めるよう、研究グループを結成しましたが、一九四一年の末に至るまでに行われた基礎研究によって核エネルギーによって熱を得ることが可能であり、したがって、機械への応用が可能だということが判明しました。一方で、当時のドイツの技術的な状況を鑑みた場合、爆弾を製造できる可能性は少ないと思われました。したがって、それ以降の努力は、エンジン(原子炉)の開発に向けられるようになりました。エンジン(原子炉)の開発にはウラニウムの他にも重水が必要になります。


3. その目的のためにより多量の重水が生産できるよう、(ノルウェーの)ノルスク・ハイドロの設備が拡張されました。しかしながら、英国の奇襲部隊による攻撃と空襲によって一九四三年にはこの工場からの重水の供給は断たれました。


4. 同時に。フライブルグ、そして戦争末期におけるセレでの研究目標は重水を使用する原子炉の開発からウラニウム235の生成へと向けられました。


5. ベルリン、そして戦争末期におけるハイガーロッホ(ヴルテンブルグ)における核エネルギー開発は手元に残された重水だけを用いて行われました。敗戦直前において、私たちの開発研究はエネルギー開発までもう一歩というところまで進捗していました。」


八月八日、タイプされた文書に十人が順番に署名した。「わたしはナチスに対して常に積極的な抗議姿勢を取った。」と機会があるたびに誇らしげに主張していたフォン・ラウエは、全員が署名を終わった後で署名の下に但し書きをタイプさせ、その但し書きに一人だけ署名した。

 

「主文の内容の正確性を確認することが私の責任であると考えたので私は主文に署名しましたが、私は
主文に記載されたような開発事業に関与したことはありません。   M.v.ラウエ」
(読書ルーム(133) に続く)

 

【参考】

マックス・フォン・ラウエ (ウィキペディア)

 

ペーター・デバイ (ウィキペディア)

 

重水 (ウィキペディア)

 

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