【読書ルーム(125) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス達よ』第5章  マンハッタン計画 (下) 〜 核実験 1945年7月16日 2/2 】 作品の目次

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【本文】

爆発地点から十マイル(約十五キロ)離れた地点にいた科学者は「真夜中に突然真昼が訪れたようだった。」と語った。「それは砂漠を訪れた真夜中の太陽だった。」ともその科学者は語った。


オッペンハイマーと共に一万ヤード地点の制御棟に詰めていたイシドール・ラバイは閃光が発せられたのを感じた時に体中に鳥肌が立つのを覚えた。イシドール・ラバイは一九三九年、学問の自由を求めてアメリカに移住し、原子力という夢のエネルギー源を人類全体に与えることを夢見てコロンビア大学で研究に取り組み始めた開放的な性格のフェルミ原子力ナチスによって開発・利用されることを恐れた気難しいシラードの仲を取り持った物理学者である。そのラバイは前年の一九四四年にノーベル物理学賞を受賞し、本来ならば一万ヤードの制御棟などに詰めるような軽い身分ではなくなっていたのであるが、オッペンハイマーと同様、やはり好奇心を抑えることができず、一万ヤード地点に赴いて原子爆発の瞬間を観察することにした。爆破実験が成功に終わり、ラバイがオッペンハイマーの姿を見かけた時、ラバイの体中に再び鳥肌が立った。オッペンハイマーの様子の何かがいつもと異なっていた。この時のオッペンハイマーの姿態は生涯忘れることができないだろうとラバイは後に述懐したlxxvii[26]。


そのオッペンハイマーの脳裡では、周囲の諌めを無視して習得に励み、原文で読みこなすことができるようになったサンスクリット語のインドの叙事詩「バガバード・ギータ」の中で太陽神ヴィシュヌの化身であるスリ・クリシュナが発した言葉がこだましていた。
「千の太陽が空に輝くならば
全能者の栄光の如くだろう。」
人類始まって以来初めて遂行された核爆発に接し、オッペンハイマーが感じたものはインド神話叙事詩如実に描いている善悪正邪を越えた宇宙の混沌だったlxxviii[27]。


実験開始から終了までの間に十万枚を超える写真が撮影された。八百ヤード(約七百二十メーター)地点に設置された最高速の毎秒七千枚の写真を撮影できるカメラは残念ながらレンズが曇ってしまったが、一万ヤード地点に据えられた動画撮影カメラやその他四十箇所余りに取り付けられたカメラは爆発の様子を千分の一秒単位で余すことなく伝えた。しかし、どのような撮影や録音技術をもってしても、爆発を見守った科学者たちが感じた畏怖の念を無機質の媒体に記録させることは不可能だった。


ただ一人、はた目には平静な科学者がいた。ベース・キャンプに留まったフェルミは実験の再開が伝えられてから手にしていた紙片を足元に落として腕時計と空を交互に見つめた。フェルミは最初の閃光の後、九キロ地点を襲った爆風が紙片を宙に吹き飛ばすまでの時間を確かめ、瞬時にして爆風の風速をはじきだした。それは後に同僚に、「あまりに興奮していたので爆音が聞こえなかった。」と語ったフェルミなりの興奮のしかただった。フェルミが紙片の動きに基づいて計算した爆発の威力を示す各数値は、爆破地点の周囲各所に設置された計測器が示した結果とほぼ一致していた。


実験中を通じて表情一つ変えなかったフェルミが極度に興奮していたことはフェルミの車に便乗していた同僚が証言した。ローマにいた頃から常に自分で車を運転してきたベテラン・ドライバーのフェルミが、その日、ロス・アラモスに帰宅する際に足が震えて自分では運転できないと言い、現場に詰めていた兵士に運転を替わるよう依頼したのであるlxxix[28]。

(読書ルーム(126)  シカゴの預言者たち に続く)

 

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