【読書ルーム(118) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス達よ』第5章  マンハッタン計画 (下) 〜 預言者たちのフランク・レポート】  作品の目次

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【あらすじ】

代表者ジェームズ・フランクの名を冠してシラードらの努力によって作成されたフランクレポート(正式名称は『政治的・社会的問題に関する委員会報告』英語では "Report of the Committee on Political and Social Problems")はフランク自身の手によって首都ワシントンDCの軍事省に運ばれたがフランクは政府高官の誰ともめ面会できず、レポートを政府中枢の人間に手渡すことはできなかった。原子爆弾の使用を目下の目的遂行における有効性の見地からだけではなく、来るべき世界での戦争抑止の観点からも望ましくないと結論づけるこの意見書は隠して第二次世界大戦終結後まで日の目えお見ずに放置された。

 

【本文】

レポートは六月十一日に筆頭署名者であるフランク自身の手によって首都ワシントンDCに運ばれ、軍事省長官スティムソンの事務所に届けられた。シカゴ大学の金属研究所の責任者であるコンプトンは意見書に署名はしなかったが、自分が目を通したということを明らかにしておくために意見書の内容を要約した短い覚書をフランク・レポートに添付した。しかし、コンプトンの覚書の内容は意見書の内容を肯定するものではなく、ただ単に意見を聞いてやってほしいと要請するだけに留まっていた。コンプトンとその兄でマサチューセッツ工科大学学長のカール・コンプトンは幼少の頃から神学者の父と信仰の篤い母によって徹底的な非戦の教えと人命の尊重を教え込まれていたが、ナチスの暴虐について亡命科学者から聞かされたり、あるいはニールス・ボーアの様子から推測し、またアメリカが全面戦争に突入した後にヨーロッパ戦線や太平洋、硫黄島や沖縄で数多くの人命が失われた後にはコンプトンはもはや受身の非戦論者と人道主義者には留まらず、失われる人命を最小限に留めることを熱心に提唱するようになっていた。とりわけ敗北や降伏を不名誉とし、死を名誉とする日本軍人の狂信的な忠誠心をつぶさに知ってからは、日本に巣食う狂気の軍国主義を一掃し、日本国民に正気を取り戻させるためには日本にとって相当の痛手となるような軍事的な外科手術が避けられないとコンプトンは考えるようになった。コンプトンは添付した意見書にこう記した。
「この報告書は核兵器が軍事目的で使用されれば、国際世論を歪め、わが国の発言権を弱めることに
つながるとして、核兵器の使用はなされるべきではないと主張しています。しかしながら、この報告書は以下のような観点からの考察を欠いていると私は思いました。
1. 核兵器の軍事的な行使なくしては戦争が長期化し、より多くの人命が失われるという可能性、
2. 核兵器の軍事的な行使なくして、他の国々に安全保障により真剣に取り組まざるを得なくなるほど
の衝撃をどうやって与えることができるかという問題。」


フランク・レポートは軍事省の次官ハリソンに渡されたが、書類を受け取ったハリソンはスティムソンは事務所にはいないと言った。しかし、スティムソンは実際には事務所内で執務中だったのである。ハリソンは継続中の対日戦争と降伏後のドイツの処理で多忙を極めるスティムソンに面倒をかけたくなかったのでこう言ってフランクを軍事省から帰した。コンプトンとジェームズ・フランクらが一枚岩だと思っていたハリソンはコンプトンによる内容を要約した手紙だけに目を通し、スティムソンにフランク・レポートを手渡す必要はないと感じた。スティムソンが在任中にそのレポートに目を通すことは終になかった。

(読書ルーム(119) に続く)

 

 

【参考】

カール・コンプトン (ウィキペディア)

ニールス・ボーア (ウィキペディア)

 

フランクレポート (ウィキペディア)

 

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