【読書ルーム(117) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス達よ』第5章  マンハッタン計画 (下) 〜 シカゴの基礎研究者ら】  作品の目次

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【あらすじ】

意見の一致が見られなかったマンハッタン計画上層部の科学者とは異なり、基礎研究に携わっていたシカゴ大学のチームでは比較的自由で学際的な雰囲気の中で原子爆弾の使用法について科学者間で意見を交わすことが可能だった。とりわけアインシュタインを動かしてルーズベルト大統領に核開発の可能性を解く手紙に署名・送付させたレオ・シラードとナチス・ドイツに抵抗してドイツを去ったジェームズ・フランクはナチスドイツの脅威が潰えた時点で原子爆弾製造は必要なくなったと考えて行動を開始した。

 

【本文】

一九四四年八月にフェルミがロス・アラモスに去った後、シカゴ大学に残ってプロジェクトに関わる基礎研究を続けていたレオ・シラードはドイツの降伏によってプロジェクトは終焉に達したと思った。
ナチス・ドイツの脅威がなくなったのなら、われわれは原子爆弾の開発を続ける必要はないのだ。」とシラードは考え、シカゴ大学の金属研究所の研究員を中心とする科学者や有識者原子爆弾の開発の継続についての疑問を投げかけた。シカゴ大学の金属研究所ではナチス政府の暴虐を敢然と批難して一九三三年にゲッチンゲン大学を追われたジェームズ・フランクがノーベル賞受賞の対象となった気体への電子線照射の原理をウラニウム同位体の分離に応用するべく、テネシー州オークリッジでウラニウム同位体のガス分離の指揮を取っている科学者ハロルド・ユーリーに協力する形で基礎研究に取り組んでいた。シラードとフランクは何度も出会い、原子爆弾開発の目下の目的の是非から原子爆弾が完成した場合における国際政治の未来図に至るまでを膝を交えて話し合った。


シカゴ大学に来る直前までアメリカ東部のジョンズ・ホプキンス大学でフランクが取り組んでいた研究テーマは純粋物理から離れた植物の光合成カニズムの解明だったので、フランクには生物学や化学の分野でも多くの科学者の知己がいた。生物学者のラビノビッチがシラードとフランクの考えを支持した。カリフォルニア州立大学バークレー校で人造新元素プルトニウムを作り出すことに成功したのに続き、シカゴ大学では原子番号九十五番の人造新元素アメリシウムの生成とその分離に成功し、さらなる人造元素の生成に取り組んでいる放射線化学者のシーボーグも二人に共鳴した。
「われわれの科学技術の粋を殺人に使わせてはならない。」
シラードらはこう考え、原子爆弾の開発や投下を中止させる手段について話し合った。シラードはこうも考えた。
「天才フェルミは海図のない海を理論を頼りに進んで核分裂の連鎖反応を引き起こすことに成功したが、原子爆弾の存在が一度世界中に知れ渡れば、二流三流の科学者でも推論と模倣によって何とか原子爆弾を作り出すことができるだろう。そうして出来上がった原子爆弾がわれわれを直撃しないという保障はない。」


シラードらは政府へ意見書を提出することに決定し、シラードが草稿を作成し、シラードとフランクは何度も話し合いを重ねて意見書の内容を詳細に見当した。


シラードが起草した政府への意見書は六月初旬に物理学者のフランク、ヒューズ、シラード、化学者のホグネスとシーボーグ、生物学者のラビノビッチとニクソンが署名した、いわゆる「フランク・レポート」として完成したlxiv[13]。フランク・レポートは単に人道的な観点から原子爆弾の使用に反対している意見書ではなかった。シラードとフランクの議論は原子爆弾が世界を驚愕させた後に醸成される国際情勢などにも及ぶフランク・レポートは次のような書き出しで始まる。


原子力を物理学における他の発見とは一線を画して扱わなければならない理由は、平和時においてそ
れが政治力の行使の手段として扱われ、戦争による急激な破壊につながる可能性があるからです。目下勧められている組織的な研究、科学技術の推進、原子核分野における研究成果などを含む計画の全ては政治的、軍事的な環境の中で条件を与えられ、計画の完遂が前提とされてきました。したがって、この計画に関して戦後における原子核分野における研究組織、そして政治上の問題に関する提言は避けることができないのです。この計画に参加する科学者に国内政治や国際政治に対して権威ある発言は期待されてはいません。しかしながら、私たち科学者は過去五年間における経過によって、この国と他の国々含む世界全体が直面している人類のほとんどがいまだ意識するに至っていない重大な脅威を知る限られた数の市民となってしまったと感じたのですlxv[14]。」


レポートは続いて原子爆弾の完成がアメリカの国内外に及ぼす影響について予言した。
原子力の開発はアメリカ合衆国が有する技術力と軍事力に重要な要素を付け加えるだけには留まりま
せん。それはアメリカ合衆国の将来に政治経済上の問題までももたらすのです。
核兵器がわが国の『秘密兵器』に留まるのは今後、二、三年の間でしかないでしょう。核兵器製造の根
幹となっている科学的な原理は他の国々の科学者によっても知られているのです。核兵器を制御する努力が国際的に組織されない限り、わが国が核兵器保有したことが世界に知れ渡った後には各国は争って核兵器保有保有しようとするでしょう。十年も経ないうちに他の国々も核兵器保有し、一トンにも満たないような核爆弾が十マイル四方以上の広さがある都市を破壊するかもしれないのです。軍備拡張競争が引き起こすであろうそのような戦争においては、いくつかの大都市に人口や工業が集中しているアメリカのような国は人口や工業が国土に分散している国よりも脆弱だと言えます。私たちは原子爆弾を日本に対して予告なしに使用することは望ましくないと考えます。もしも、わが国が無差別殺戮の新しい手段を行使するならば、世界の国々のわが国に対する信頼を失い、軍備拡張競争に先鞭をつけ、このような兵器を将来に渡って国際的に管理する上での妨げとなるでしょう。(核兵器完成後における)各種合意のための好ましい状況は、核爆弾の爆発が条件を考慮して選ばれた無人地帯で威力を世界に対して示すように実演されることによって作り出されるでしょう。


もしも、核兵器を効果的に管理するための国際的な組織の構築が現時点において考慮されているのなら
ば、そのような兵器の日本に対する使用のみならず、時期尚早な使用さえもがわが国の利益に反する結果となるかもしれません。核兵器の威力誇示を遅らせることは、核兵器開発競争を出来る限り遅らせるという利益につながるでしょう。


もし、わが国の政府の意向が核兵器の威力誇示の方向に傾いているのならば、核兵器を日本に対して用いる前に国内外の世論を考慮に入れるべきです。そうすることによって他の国々もその決断に対して連帯責任を引き受けることになります。lxvi[15]」

(読書ルーム(118) に続く)

 

【参考】

フランク・レポート (ウィキペディア)

 

ジェイムズ・フランク (ウィキペディア)

レオ・シラード (ウィキペディア)

グレン・シーボーグ (ウィキペディア)

 

ユージン・ラビノウィッチ (ウィキペディア)

 

【お知らせ】

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