【読書ルーム(32) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【 『プロメテウス』第1章  プロメテウスの揺籃の地 26/27 〜 ハイゼンベルクの青年時代〜 世紀の論争】  作品の目次

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【本文】

経済大恐慌の猛威は先の世界大戦の敗戦国であるドイツで最も著しく、アインシュタインコペンハーゲン学派に鋭い疑問を投げかけた頃には世界各国からゲッチンゲンに集まった学生達も自国にすでに帰国していたか帰国を余儀なくされていた。ドイツの各都市の街かどには失業者が溢れ、インフレが再び市民の生活を直撃したが、ブルジョアを排撃する労働者など、社会の根底をなす人々の政治的主張はより大きく扇情的な政治的提唱によってかき消された。その提唱者とはアドルフ・ヒトラーを党首として国家社会主義を標榜する政党、通称ナチスである。しかし、「政治っていうものは金儲けの手段と変わらないよね。」とミュンヘン時代の山歩きの仲間に無邪気に語ったこともあるハイゼンベルクにはドイツ政界の不穏な動きが後に自分たち科学者にどのような影響を投げかけるのか想像してみる余裕はなかった。街に溢れる失業者の群れを目の当たりにしてさえ、一九二三年のデノミネーションを機会として、同様の状況がドイツ国民の智恵と勤勉、そして外国からの援助によって改善されたことを経験しているハイゼンベルクは、今回のこの状況もまたすぐに改善されるだろうと思うだけだった。ハイゼンベルクは不確定性理論の精緻化に余念がなかった。

 

​この年、アインシュタインはすでにボーアらの反対陣営の妥当性を概ね認め、その年のノーベル賞物理学賞を自分の陣営の代表であるシュレジンガーとボーアの陣営を代表するハイゼンベルクの二人に伴に授与するよう提案したが、スエーデン王立アカデミーは結局、アインシュタインの寵児であるド・ブロイを受賞者に選んだ。

 

​翌年、ベルギーのソルヴェイで開かれた国際物理学会では量子力学を巡ってアインシュタインとボーアの陣営が真っ向から対立した。

 

​「正に歴史に残る論争だった。」と論争を目の当たりにした出席者が証言するこの論争の両陣営の旗手、アインシュタインとボーアは全てにおいて対照的だった。アインシュタインが小柄で瀟洒な芸術家肌だったのに対し、一方のボーアは学生時代にサッカーでならした大柄な体躯をしていた。アインシュタインはジャーナリストや、機会があれば喜劇俳優に向かってさえも冗談や毒舌を飛ばす開放的な性格だったが、ボーアは口ごもって同じことを何度も繰り返す癖があった。思考に集中している時にはその傾向が一層ひどかった。

 

古典力学以来、科学者の信念になっていたとさえ言える客観性と決定論を主張するアインシュタインと量子の世界においては観察するという行為自体が観察される結果を変えると主張するボーア、連続的な自然現象を前提する相対性理論原子核の周囲を巡る電子の動きに代表されるような不連続を基調とする量子力学の二つの陣営の間で、応用の可能性などは元より眼中にない、自然の認識を巡る純粋に学問的な議論が果てしなく続くかのようだった。

(読書ルーム(33) に続く)

 

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