【読書ルーム(23) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【 『プロメテウス』第1章  プロメテウスの揺籃の地 17/27. 〜 ハイゼンベルクの青年時代〜 ドイツとフランス】  作品の目次

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【本文】

ハイゼンベルクがゲッチンゲンに再び居を定めてから約二か月後の九月二十三日、フランスは終に賠償金の代償としてドイツのルール地方を占拠し、失業者の数は未曾有の二百五十万人に達し、ドイツの社会不安は留まるところを知らなかった。極度のインフレによる給与の実質的削減を補填するために大学教授という上級公務員の地位にあったハイゼンベルクの父は二三ヶ月毎に昇給を受けていたが、それでも学位取得で情けない成績しか上げられずにゲッチンゲンに出奔したも同然の息子ハイゼンベルクに援助をするだけの経済的余裕はなかった。しかし、ヴェルナー・ハイゼンベルクは金銭に関してはあくまでも強運の持ち主だった。アメリカのジェネラル・エレクトリック社がドイツの学問、とりわけ科学技術の振興のためにドイツの学術振興財団に年間一万二千五百ドルの寄付を行うようになり、この金からかなりの額がジェネラル・エレクトリック社の意図とはうらはらに純粋物理学、しかも理論物理学の研究資金に充てられるようになったのである。そして資金を受け取ることになった科学者のうちにはマックス・ボルンが含まれていた。その年の秋、ドイツ政府は通貨の安定を狙って一兆紙幣マルクを一レンテン・マルクとするデノミネーションを行って通貨価値を徹底的に安定させようと試みた。この政府の措置は効果を上げ、大方は心理的要因によって引き起こされていた極度のインフレが沈静化しただけではなく、元より社会資本や勤勉な国民に恵まれていたドイツに外国資本家からの資金や科学技術の研究助成金が流れ込むようになったのである。そして、秋になってハイゼンベルクの先輩でマックス・ボルンの助手を勤めていたパウリがハンブルク大学で無給教員の職を得てゲッチンゲンを去った後、ボルンはパウリの代わりにハイゼンベルクを採用した。こうしてハイゼンベルクは学位取得後の最初の修行場所をゲッチンゲンに定め、十一月から月々五十レンテン・マルクの給与を財団から直接受け取ることになった。ボルン教授はさらに、ハイゼンベルクの生活費の不足分を別の財源から補填した。ハイゼンベルクが財団から受け取る助手としての給与はその後、漸次引き上げられた。

 

ハイゼンベルクが博士号取得のための勉学に励んでいた頃、フランス貴族の血を引くプランス・ルイ・ド・ブロイはパリ大学の学生として、全ての物質は極小単位にまで遡れば粒子と波の両方の性質を持つという画期的な内容の卒業論文の準備に明け暮れていた。ド・ブロイが発表した理論は前年にノーベル賞受賞の対象となったボーアが考案した単純化された原子モデルの妥当性にも鋭い疑問を投げかけるものだったが、この論文に接したマックス・ボルンは自分を慕ってゲッチンゲンにやってきたハイゼンベルクハンブルクに赴任したパウリに疑問を投げかけた。

 

「海の波は通常なら空気に接している部分が鏡のように穏やかな水の分子を撹乱するエネルギーの移動だ。音波は空気を撹乱して発生する。では、全ての物質が極小レベルにまで遡るならば波の性質を持つということは何を意味するのか?空間中を満たすエーテルのような存在が光を伝播するという説はとっくの昔に棄却されたのではなかったのか?」
(読書ルーム(24) に続く)

 

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