【読書ルーム(26) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス』第1章  プロメテウスの揺籃の地 20/27. 〜 ハイゼンベルクの青年時代〜 先輩たちの礎石】  作品の目次

この記事の内容全ての著作権はかわまりに帰属します。  

 

【本文】

一九二五年五月にハイゼンベルクがボルン教授との約束にしたがってゲッチンゲンに戻ってからも極小の世界を把握するためのハイゼンベルクの思考は続けられ、ボルン教授からも激励を受けたハイゼンベルクは七月に終に権威ある学術誌に掲載されるような画期的な論文を完成した。この論文の中で若干二十四歳のハイゼンベルクは終に量子力学古典力学からの訣別を宣言したのである。極小の世界は連続性や予測可能性を基調とする古典力学とは別の法則によって支配されているとハイゼンベルクは大胆にも主張した。

 

ボルンは愛弟子が表した画期的な論文に目を通すとその理論を数学を使って一層精緻化してみたい欲求にかられた。そしてそのボルンのもとに、同じくその論文を読んで功名心を刺激されたパスカル・ヨルダンという数学に秀でた物理学者が現れて協力を申し込んだ。そして七月に発表されたハイゼンベルクの理論は、古典力学が用いた微積分学に代って線形代数によって数学的な基礎を与えられ、その年の十一月、ボルン、ヨルダン、ハイゼンベルクの三人の連名で再び学術論文となって学会の人々に遍く公開された。ミュンヘン大学で学位取得で憂き目にあったハイゼンベルクは一躍、物理学会の新星として脚光を浴びることになったのである。

 

ハイゼンベルクの考え方が脚光を浴びたことはしかし、フランスのド・ブロイが呈した理論、すなわち極小の世界では物質は粒子と波の二つの性質を持つという考え方を否定するものでも越えるものではなく、むしろ、様々な理論が百花繚乱の様相を呈する一九二十年台後半の端緒を開いたという意義があった。そして、ボルン/ヨルダン/ハイゼンベルクの連名で数学的に洗練され、体系を整えた量子力学の論文が発表されたわずか一ヶ月後のクリスマスの休暇中、オーストリア人の物理学者シュレジンガーはアルプス山中の恋人の別荘でド・ブロイとハイゼンベルクの両者の理論を統合する画期的な理論の執筆に取り組むことになるのである。画期的な論文が次々と発表された一九二五年はこうしてシュレジンガーの論文執筆を最後に暮れた。そして新たな論争の年になる一九二六年の春、ハイゼンベルクの父であるアウグスト・ハイゼンベルク教授はボルン教授のもとに出奔したかと思うと今度はコペンハーゲンのボーアの研究所に入り浸ったりで、何をやっているのかさっぱりわからない息子ヴェルナーの行く末をミュンヘンで心から心配していたが、ヴェルナー・ハイゼンベルクはそのようなことなど露ほども気にせず、量子の世界における力学体系を完成することだけに夢中になっていた。

 

シュレジンガーが論文を執筆していた頃、ハイゼンベルクはやはり古典力学の根幹をなしている考え方とそれを表現する数学に対する疑問に捕われていた。ニュートンが天体の動きを説明するために連続性を説明するための数学的手段としての微積分学を自ら考案したことからもわかるように、古典力学の理論は物体の運動の連続性を基本として構築されていた。しかし、果たして連続性は原子内部のような極小の世界にも適用されるべきなのかと考えた時、ハイゼンベルクは否応なしに原子核の周囲を巡る電子の位置とエネルギー水準の不連続性や不確定性に直面させられ、連続性を表現するための強力な手段となってきた微積分学に疑問を投げかけないわけにはいかなかった。

 

チューリッヒ大学教授で三十八歳のシュレジンガー微分方程式を用いることによってド・ブロイが呈示した原子レベルにおける波動を完全に説明した。その上、ハイゼンベルクらが原子レベルにおける不連続的を表現するために用いた線形代数、すなわち行列式の体系が、自分が用いた微分方程式の書き換えにすぎないことまで証明したのである。ボルン、ヨルダン、そしてハイゼンベルクの三人はシュレジンガーの論文を読んで息を呑んだに違いない。ハイゼンベルクが考案し、ボルンとヨルダンが精緻化した不連続の世界の理論はシュレジンガーの理論によって棄却されなければならないのだろうかと三人は一時期は真剣に頭を悩ませたであろう。しかし、一方で三人はある根本的な問題を再考しないわけにはいかなかった。

「量子の世界を微分方程式の応用である波動方程式で表現した時、不連続性はいったいどこにいってしまうのだろうか?」ボルンやハイゼンベルクは再度考えた。同じゲッチンゲン大学のジェームズ・フランクやアメリカのアーサー・コンプトンらの実験はすべて光や電気など極小世界の構成要素が粒子から成ることを示していたからである。

 

マックス・ボルンは海の波の動きを説明する波動方程式が波頭の位置を予測するように、あるいは音波を説明する波動方程式が伝わる音の高低や速さを説明するように、ブログリやシュレジンガーが提唱する極小レベルでの物質の波を波動方程式は物質を構成している粒子の位置を予測する以上の意味はないと考え、原子核の周囲をめぐる電子の飛跡に関してまとめた理論を発表した。

(読書ルーム(27) に続く)

 

【お知らせ】

下の画像は作りかけの本作品電子版の表紙です。出版社はお任せ出版社のアマゾン(Amazon International Services)です。ということは今のところアマゾン専用の電子ブックリーダーのキンドルのみで講読が可能だということです。こちらはそれほど高額ではありませんが有料となります。キンドル版には次のような優れた点があります。

・ 縦書き表示であること

・ 文字の大きさを変えられ、また字体を変えたり太字にしたりできること

さらにキンドルは数百冊以上の書籍を入れることができ、重量は文庫本並みです。アマゾンはお任せ出版社なので内容や誤字脱字などには自分で責任を持たないといけませんが精一杯努力する所存です。(予想価格:700円 要キンドル)

 

f:id:kawamari7:20211231174830j:image