【読書ルーム(107) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス達よ』第4章  マンハッタン計画 (上) 〜 新たな段階とボーアの参加 7/8 】  作品の目次

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【あらすじ】

マンハッタン計画に携わる科学者達と機密分野に関わる軍人の全てが枢軸国側が同様のプロジェクトを開始していないか、あるいは同様のプロジェクトを遂行できるだけの頭脳や資源を備えているか否かを憂慮していた。枢軸国のうちイタリアはフェルミという卓越した頭脳を失い不可能と思われ、日本は湯川秀樹仁科芳雄という傑出した頭脳を要するが(1943年時点では)その力が及ぶ範囲ではウラニウム鉱山はなかった(後に併合中の現北朝鮮で発見された)。残るドイツはハイゼンベルクという卓越した科学者を擁するだけではなく、チェコスロバキアにウラン鉱を持ち、世界でも最も含有量の高いウラニウム鉱山があるベルギー領コンゴと重水分離技術で世界最先端を行くノルウェーもドイツの手中にあった。

 

【本文】

あるいはもう一つの敵国である日本に目を向けてみるならば、ボーアの指導の下でニシナ/クラインの理論を発表した日本人の仁科芳雄は東京の帝国大学で苦しい財政状況の下で二基のサイクロトロンの建造の認可をうけ、最初に稼動させたサイクロトロンによってウラニウム同位体であるウラニウム237の分離に成功していた。また、ゲッチンゲンの同窓ではないがアメリカの研究者の間ではよくその名を知られ、中間子の理論によって日本人で初めてのノーベル賞受賞者となることが確実視されている湯川秀樹は「寺社が立ち並ぶ美しい街」と形容した京都で理論の精緻化に励んでいると思われた。日本は原子力を開発する人材には事欠いていなかった。しかし日本やその占領地域にはウラニウム鉱山はなく、アメリカで目下進行中のプロジェクトに匹敵するような規模の原爆プロジェクトを遂行するだけの国力もないということは明らかで、仁科芳雄湯川秀樹マンハッタン計画に集ったアメリカ人、イギリス人やヨーロッパからの亡命科学者たちの敵ではなかった。しかし、ゲッチンゲンの青春時代を彷彿とさせるマンハッタン計画のメンバーの中で、決定的に欠けている人物がいた。それは、若干二十四歳の時に発表した理論でノーベル賞を受賞した男、自然科学のみならず音楽や哲学にも造詣が深く、外国からゲッチンゲンやコペンハーゲンに集った若い物理学者たちの羨望の的となったヴェルナー・ハイゼンベルクだった。一九三九年にハイゼンベルクアメリカを訪れた際、アメリカの複数の大学から教授のポストに招聘されたがハイゼンベルクはそれらを悉く断り、理由を尋ねられる毎に「ドイツが私を必要としている。」と答えたのをマンハッタン計画に参加している多くの科学者が記憶していた。そのハイゼンベルクは今やナチス・ドイツの下で、政治家一門の変り種として一流の物理学者となったC・F・フォン・ワイゼッカーを片腕とし、ベルリンにある国立カイザー・ウェルヘルム研究所の所長を務めていた。

 

天才ハイゼンベルクが国立研究所の所長を務めていることに加えて、ヨーロッパの大半を征服し、今やイギリス侵略を狙おうとしているドイツには国力があった。占領下のチェコスロバキアポーランドにあるウラニウム鉱山に加えて、ナチス・ドイツの攻撃の前にあえなく陥落したベルギーが植民地のコンゴに持っているウラニウム鉱山を合わせるならば、ナチス・ドイツが自由に使用することのできるウラニウムの埋蔵量は連合国側のウラニウム埋蔵量、主としてカナダのウラニウム鉱山のもの、をはるかに上回っていた。一九四二年に連合軍がナチス占領下のノルウェーにある重水工場の奇襲爆撃に成功したことはナチス・ドイツ原子爆弾開発計画にとって多少なりとも痛手になったであろうが、それでもドイツには人的および物的資源の両面で計り知れない優位があった。オッペンハイマーマンハッタン計画に参加している科学者たちもイギリスの科学者らと同様、ハイゼンベルクの師だったニックおじさん、つまりニールス・ボーアハイゼンベルクを中心とするドイツの科学者の目論見に関して何か知っているのに違いないと考えたが、寡黙なボーアにそのことについて問いただすまでもなかった。ボーアはマンハッタン計画に参加し、各所を視察する際のボーアの表情や姿勢にナチス・ドイツに蹂躙されたヨーロッパの人々の苦悩がにじみ出ていると感じた科学者も多かったliv[3]。

(読書ルーム(108) に続く)

 

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