【読書ルーム(106) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス達よ』第4章  マンハッタン計画 (上) 〜 新たな段階とボーアの参加 6/8 】  作品の目次

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【あらすじ】

マンハッタン計画は参加者である科学者達の思想・信条、出自などに寛容だったが、中には表向けには思想信条を理由に参加が見送られる科学者もいた。アインシュタインがその例だと言われるが、実際には彼の特異な風貌がアメリカの一般人に知れ渡っていたせいではないか? その他、自らの思想信条を理由に参加を拒むリーゼ・マイトナーやマックス・ボーンのような一流の科学者もいた。その他、思想信条とは別に特異な趣味と能力によって別次元の活躍を期待されて参加出来なかった科学者もいる。その科学者は次セクション以降、ヨーロッパ戦線で大活躍するサミュエル・ゴードスミット(オランダ語ではハウシュミット)である。

 

【本文】

そのアインシュタインマンハッタン計画に招聘されることはなかった。当局に提出された千五百枚に及ぶアインシュタインの身上調査書には平和主義者でかつ自由主義者アインシュタインの思想信条に関し、アインシュタインがあたかも共産主義者でもあるかのように示唆するかなり疑わしい内容も記載されていたが、当局の関係者と現場で働く科学者たちの誰もが暗黙のうちにアインシュタインがこの責務には適さないと感じていたことはまちがいない。アインシュタインマンハッタン計画に招聘されなかった理由は敵性外国人とみなされたからではもちろんなかった。一時は他の適性外国人と同様に不自由な生活を強いられたフェルミシカゴ大学に移り、核分裂の連鎖反応を実現することによって見事に自ら選んだ国家アメリカに対する忠誠心を示した。しかし、アインシュタインフェルミよりも二十歳も年上で実験ではなく理論に秀でた物理学者だった。


アインシュタインはほぼ同年齢で同じく理論に秀でたボーアとも対照的な性格だった。ナチスの占領下でユダヤ系であるにもかかわらずデンマークと自分の研究所を捨てることができずイギリス諜報部の助力によって命からがら亡命し、ナチス・ドイツに対して深い怨恨を持っていることには疑いの余地がなかったのに対し、アインシュタインについては、アメリカへの亡命の直接的な原因がナチスによる財産没収と追放だったとはいえ、若い頃にドイツからスイスに国籍を変換しようとして五年の間無国籍だったことやシオニズム運動に共鳴して全世界に協力を呼びかけたことなどから見て、アインシュタインは一つの国家に忠誠をつくすタイプではなく、世界市民、あるいは根っからの平和主義者だと思われた。

 

アインシュタインの経歴に基づくそういった推論に加えて、アインシュタインの特異な風貌は偽名入りの通行証を渡したくらいでごまかせるものではなく、一般人の間でのアインシュタインの人気や知名度ノーベル賞受賞者の中で群を抜いていた。しかも、アメリカに永住する前に二度にわたって渡米した際、アインシュタインがパレードに参加したり通訳を介して喜劇俳優チャップリンと冗談を交えたりした事実が示すように、落ち着いたな北欧人ボーアとは対照的な、南ドイツ出身のアインシュタインの気さくで開放的な性格は覆いようもなかった。したがって機密を要するプロジェクトにアインシュタインを参加させるわけにはいかなかったのである。

 

アインシュタインやボーアと同年齢で化学者オットー・ハーンとの協働によって核分裂の確認とその理論的説明という輝かしい業績をあげたリーゼ・マイトナーマンハッタン計画に招聘されながらそれを断った唯一の科学者だった。
「恐ろしい兵器の製造に関わるくらいならニューヨークの街中を裸で歩くほうがいい。」と年老いた女性物理学者は言ったliii[2]。マイトナーは生まれ育った国オーストリア/ドイツの国籍を捨て、中立国スエーデンに帰化することを考えていた。


ハイゼンベルクフェルミオッペンハイマーゲッチンゲン大学での共通の師であり、その後、ナチスの台頭とともにイギリスに渡ってエジンバラ大学の教授となったマックス・ボーンは宗教上の理由、そして個人的な信条から兵器の開発には絶対に携わらないことを原子爆弾開発が本格化するよりも前に宣言していた。

 

ともあれ、マンハッタン計画の拠点であるシカゴ大学の金属研究所、テネシー州オークリッジのウラニウム濃縮工場、ワシントン州ハンフォードのプルトニウム生産工場、ニュー・メキシコ州ロス・アラモスの爆弾組み立て工場などには一九二十年代にゲッチンゲンやコペンハーゲンで物理学にかける青春を過ごした仲間が集り、プロジェクトの責任者として互いに連絡を取り合った。

 

オッペンハイマーフェルミエドワード・テラー、そしてナチス・ドイツを批判してゲッチンゲン大学の教授の職を追われたジェームズ・フランクらのゲッチンゲン出身の科学者にさらにゲッチンゲン大学との縁が深くデンマークコペンハーゲンからドイツの大学に向けて多大な影響を投げかけていたボーアを加え、プロジェクトの責務に携わりながらこれらの科学者たちは青春時代をなつかしみ、余暇の毎に最新の理論だけではなく思い出話などに花を咲かせたが、そうするうち、彼等の頭の中には輝かしい業績をあげながらプロジェクトに参加していない幾人かの科学者たちのことが自然と思い浮かんだであろう。当時から世界中を旅していて今はアメリカ、ニュージャージー州プリンストンに落ち着いているボヘミアンアインシュタイン、そして当時はベルリンで実験に専念していて今ではスエーデンで王立アカデミーの仕事をしているリーゼ・マイトナーは、二人そろってユダヤ人でもあり、マンハッタン計画に参加していなくても心情的には連合国の味方であることは間違いなかった。彼らと親しかったドイツ人の何人かの科学者たちはナチスの下で静かに純粋な学問の灯火をともし続けていると思われた。核分裂を確認した化学者のオットー・ハーンはゲッチンゲンにある国立研究所の所長に就任していたが、カイザー・ウェルヘルム研究所の元所長のデバイやその他の科学者の証言や「自分の発見が武器の製造に利用されたら自殺する。」と半ば公然と語っていたという事実から、非道のヒトラーナチス・ドイツに協力するような人間ではないと推測された。アインシュタインの親友で X 線解析でノーベル物理学賞を受賞したマックス・フォン・ラウエはナチス政府に抗議して一九四三年にベルリン大学を自主退職していた。

(読書ルーム(107) に続く)

 

【参考】

シオニズム運動 (ウィキペディア)

 

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