「プロメテウス達よ」で意図したこと

本作品の電子出版の準備ということで長らくブログの更新をサボっていました。編集の仕事というものはつくづく厄介なものです。特に自分の書いたものの誤字脱字を修正するためには完全に自分自身を返上して小難しく厳しい目を自分の苦心作に注がなくてはならないのでわたしがかつてニューヨークの某日経シンクタンクでやっていた一気にA4までというのがまさに一気にできる限度なのではないかと思っている次第です。加えて昨今はロシアのウクライナ侵攻という事態のおかげで自分の作品に目を通していてもテレビやYouTube にどうしても目や耳が行ってしまうのです。この件ついてわたしは腹を括りました。過去に起きた事実を世に語るのは一次中断する代わりに現在進行形で展開するウクライナ情勢に目と耳を大きく開放することを自分に許可し、その代わりにこの一連の事件から得られた何かを本作品の付加価値とするということです。

 

そもそも、本作品の執筆動機はアメリカが原子爆弾を開発した理由を日本人にあまねく知ってもらうことでした。それは決して日本の広島と長崎を攻撃するためではなく、実際にはアメリカの科学者達(純粋なアメリカ生まれのアメリカ人とナチスドイツを逃れてヨーロッパからアメリカに渡った科学者達)がナチスドイツとハイゼンベルクを恐れていたからなのです。この点に少し小ネタ的な事実を付け加えるならば、彼らの間ではハイゼンベルクより若干年下の日本の湯川秀樹ハイゼンベルクに勝るとも劣らない評価を得ていました。両者の最大の違いはハイゼンベルクの祖国ドイツはドイツ人の生活基盤の拡大を企図して鉱山や肥沃な耕作地を有するヨーロッパの近隣諸国を貪欲に侵略し、その中には世界有数のウラニウム鉱山を有するチェコスロバキアウラニウム鉱石を算出する植民地のコンゴを有するベルギーが含まれていたのに引き換え、湯川秀樹の祖国日本が直接・間接に影響を及ぼし得る地域にはウラニウム鉱山はないと考えられていました。後に日本では鳥取県人形峠と日本併合下の朝鮮半島(現在の北朝鮮)でウラニウム鉱山が発見され、特に後者は日本への原爆投下の引き金になったかどうかはわたしにはわかりませんがハイゼンベルク英米の科学者や政治家に対して抱いた恐怖心の大きさは同等だったかもしれません。

 

目下、世界はロシアの核兵器使用の可能性に怯えています。わたしが扱った時代に於いてはナチスドイツによる原子力開発の可能性という恐怖ストーリーは少なくとも原子力発電(イタリア出身の科学者フェルミとそのチーム)に潤沢な支援を行うことによってそれを成功に導きましたが目下の情勢は科学技術の面で人類にどんなプラスの副産物をもたらすのでしょうか? 原爆も水爆もある現在では何も無いという悲観論者もいらっしゃるかと思いますが、わたしはそうは思いません。まず、原子力発電を正しく評価し、正しく恐れることによって産業のコストを下げると共にロシアからの天然ガスに依存していた国々のロシア依存からの脱却を助けることが急務です。それから、世界のパン籠とも呼ばれるウクライナが荒廃すればウクライナで瓦礫の下敷きになって死ぬよりも数倍多い人々が餓死すると予測されていますがその事態をなんとしてでも先進国、特に日本の技術で阻止することです。

 

日本は核保有国ではありませんが諸外国は「日本を怒らせたら怖い。日本は一日あれば核兵器を製造できる。」と予測しているようです。それで良いのです。科学技術の水準は核保有国と同等かそれ以上でも科学者や技術者には他にすることが山ほどあるから恫喝が目的の大量破壊兵器など作っている暇なんか無い⋯これこそ本当の恫喝で本当の抑止力です。第一、核兵器で貧しい国の人々の食欲を満たすことはできませんが、日本人はLED(青色ダイオード)やリチウム電池の発明で充分それに近いことを成し遂げてきました。政府はいざという時のために民間や大学、公的な研究所から核兵器製造プロジェクトに緊急参加できる科学者の名簿を極秘裡に作成しておく必要があるかもしれません。そしてその時に核兵器の材料になるのはイランや北朝鮮や70年前のアメリカのような濃縮ウラニウムではなく、民間の原子力発電所で生成されるプルトニウムです。わたしは実際に核兵器を作った方が良いと言っているわけではありません。でも日本政府が核兵器製造に携われる科学者の名簿を作成しているという噂が立っただけで抑止力は充分だと言いたいのです。

 

(続く)