【『プロメテウス達よ ー ××××】タイトルの由来

作品目次     【『プロメテウス達よ』前書き】

オットー・ハーンを作品の"トリ "に選んだ理由 (エピローグの前書き…ウェブ限定)

 

わたしが原子力開発関連の本を執筆していてその書名は暫定的に「プロメテウス達よ」に決めていると言った時に「そのタイトルは⋯。」と言った人がいます。SNS上で出会った本名が不明の方なのでどういう意図でそう発言されたのかは今もって不明ですが、実を言うとこのタイトルはパクリです。(書籍名には著作権というものは存在しません)。参考文献一覧(アルファベット順)のトップに掲げている”Bird, Kay, Sherwin, Martin “American Prometheus, The Triumph and Tragedy of J. Robert Oppenheimer“がその書籍です。初めてこの本をニューヨーク市立図書館で見た時、わたしは違和感を禁じ得ませんでした。この本を手に取るまでもなくわたしは第二次世界大戦中のアメリカのマンハッタン計画で科学者と技術者の頂点に立って采配を振るったロバート・オッペンハイマーの魅力的な人柄と自然科学を超えた幅広い教養について知っていましたがそれとは別に日本の広島と長崎に投下されて幾万人もの日本人を殺傷した原子爆弾製造を成功させた立役者にわざわざ「アメリカの」という形容詞つきで神の眷属プロメテウスの名前を与えていることに反感を抱きました。ですから本作品の執筆が相当進んだ段階でも本作品の書名に「プロメテウス」を採用するなどということは思いもよりませんでした。でも事実をなるべく順序立てて物語としてのインパクトがあるように配列する執筆をほぼ終えて前書きの執筆に着手した時、化学反応である第一の火を人類にもたらしたギリシャ神話の神の眷属である巨人プロメテウスから書き起こそうとしてふと思ったのは火はというものは人類に大きな恩恵をもたらし、プロメテウスは後の世でも決して人類にだけは憎まれてはならない存在ではなかった筈だということでした。(この点については拙著である歴史小説「黄昏のエポック- バイロン郷の夢と冒険」の第一話「レマン湖の月」の中の詩人シェリーの言葉をご参照ください。)  当時も今も、それこそ原子力開発に関心を持った小学校高学年の頃もわたしにとっての原子力開発の立役者はイタリア出身でアメリカに帰化したエンリコ・フェルミでしたからわたしにとってのプロメテウスは今も昔も変わらずフェルミフェルミが敵性外国人だったのにもかかわらずマンハッタン計画で主導的な役割を果たし、原子爆弾製造の拠点だったロス・アラモスに招聘されながら「商業発電がの目処が立つまで待って欲しい。」と何度か招聘を断ったことは原子爆弾で多大な被害を被った日本の国民ではなくてもフェルミを筆頭プロメテウスとするのが妥当だとする根拠になり得るのではないでしょうか。

 

しかしながら以上を勘案して、しかもオッペンハイマーを「アメリカのプロメテウス」と呼ぶことに反感を覚えながらも確実に言えることは人類にとっての第二の火である原子力は多くの科学者達の協力なくしてはもたらされなかったということです。というわけでわたしは今ではこの「プロメテウス達よ」という書名を自分でも大変気に入っています。なお上記英語書籍の書名の「アメリカの」という形容詞に反感を覚える方はわたし以外にもいらっしゃるかと思いますがその点は原子力開発が国境や文化を超えた科学者たちの協力の産物であり。現在に至るまでに複数の科学系ノーベル賞受賞者を輩出した国ならば最低限一人か二人の「プロメテウス」の名に値する科学者がいたということに言及しておきます。例えば日本では日本人ノーベル賞受賞者の第一号となり戦後には日本の原子力委員長を務めた湯川秀樹博士であり、フランスでは妻イレーヌ・キューリーと共にノーベル化学賞を受賞して戦後に初代フランス原子力委員長を務めたものの共産党への入党歴のために解任されたフレデリック・ジョリオ=キューリー、イギリスではさしずめ中性子を発見したジェイムズ・チャドウィックでしょう。そしてウェルナー・ハイゼンベルクは間違いなく当時において科学水準が世界に冠たるものだったドイツのプロメテウスのうちの一人でしたが彼が盟友エンリコ・フェルミと交わした核エネルギー解放の誓いは横暴な独裁者ヒトラーの政権下で遅延と頓挫を余儀なくされ、しかもハイゼンベルクは多くの連合国側の科学者との間で戦前に培った友情まで喪失してしまいました。それでもハイゼンベルクには不確定理論という(当時に於いては)純粋理論の提唱者でノーベル物理学賞受賞者という栄誉が残されたわけですが。近年のIT技術の発展においてハイゼンベルクの不確定性理論が電子工学などの応用面で大きく役立っているという科学史上のオチまで残っています。この物語をなるべく多くの若い人たちに読んでいただいて知識というものが、それがどんなものであれ人類にとっての宝であり力であり未来においてどんな具体的恩恵をもたらすかは未知数であっても追求するに値するということを知ってほしいと思います。

 

川本真理子

 

【参考】

ジュリアス・ロバート・オッペンハイマー (ウィキペディア)

エンリコ・フェルミ (ウィキペディア)

湯川秀樹 (ウィキペディア)

フレデリック・ジョリオ=キューリー (ウィキペディア) は、とりわけオットー・ハーンの分析とリーゼ・マイトナーによるその解釈の後、フェルミハイゼンベルクと同様に原子力エネルギーの利用を目指していたようですが彼と妻イレーヌ・キューリーの馴れ初めはマリー・キューリーとノーベル賞を共同受賞したアンリ・ベクレルに続いて人類の役に立つ各種の放射線を人工的に発生させることだったかもしれません。これは第一次世界大戦中にイレーヌが母マリーと共にレントゲン技師として従軍したことから十分推測できます。原子力発電以外の核エネルギーの利用を目指した科学者には医学研究者の弟を持ち第二次世界大戦中にウラニウム濃縮に従事させられたアーネスト・ローレンスがいます。また、フランスの原子力開発については作品の中でも言及しましたが、ナチスドイツの酷たらしい拷問によって絶命した科学者がいたこと、また実験データの破壊とナチスドイツの科学者らを欺くための撹乱策としてのデータ捏造というフレデリック・ジョリオ=キューリーの英断がなければより多くのフランス人科学者が命を落としたか、それどころかヒトラー原子力開発に関心を向けていたかもしれなかった可能性にも言及しておきます。

アーネスト・ローレンス (ウィキペディア)

アンリ・ベクレル (ウィキペディア)

 

ウェルナー・ハイゼンベルク (ウィキペディア)

ジェイムズ・チャドウィック (ウィキペディア)

オットー・ハーン (ウィキペディア)

 

詩人ジョージ・ゴードン・バイロン (ウィキペディア)

詩人パーシー・ビッシュ・シェリー (ウィキペディア) 代表作は「縄を解かれたプロメテウス」。

 

ちょっと宣伝

上の19世紀イギリスの詩人ジョージ・ゴードン・バイロンを主人公とする歴史小説の「黄昏のエポック」は民主主義と民族主義について表現したくて書いた拙著です。「黄昏」というのはナポレオンがフランス革命の理念である「自由・平等・博愛」標榜してヨーロッパをかき回した後、ヨーロッパ各国の政治体制が(少なくとも表面的には)退行し保守化していく中、理念は理念のまま念頭におきながら体制に抗った英国詩人バイロンと科学技術の可能性に期待を抱く友人の詩人パーシー・ビッシュ・シェリー、その妻で道徳的観点から科学万能主義に疑念を呈するメアリー・シェリー(怪奇小説フランケンシュタイン」の著者)、未来における福祉国家実現の青写真を抱く政治家で富豪のバイロンの親友ジョン・カム・ホブハウスらを描きました。

「黄昏のエポック」作品目次

 

下の画像は作りかけの本作品電子版の表紙です。出版社はお任せ出版社のアマゾン(Amazon International Services)です。ということは今のところアマゾン専用の電子ブックリーダーのキンドルのみで講読が可能だということです。こちらはそれほど高額ではありませんが有料となります。キンドル版には次のような優れた点があります。

・ 縦書き表示であること

・ 文字の大きさを変えられ、また字体を変えたり太字にしたりできること

さらにキンドルは数百冊以上の書籍を入れることができ、重量は文庫本並みです。アマゾンはお任せ出版社なので内容や誤字脱字などには自分で責任を持たないといけませんが精一杯努力する所存です。(予想価格は700円 要キンドル)

 

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