【『プロメテウス達よ』前書き】

 

科学上の仕事は
砂上の家のような
征服者の栄華の夢とは
比較ができない。


寺田寅彦(一八七八年 ~ 一九三五年)
「相対性原理側面観」より

 

 


前言

 


紙も筆もない、文字もなく言語さえも今とは比べ物にならないほど稚拙だったと思われる太古の昔に、世界各地に存在した現在の人類の祖先、あるいは現在の人類の直系の先祖だった原人達は自然に生じた炎に興味をそそられ、火を生活に取り入れることに成功した。

 

火の使用によって、食物は風味を増し、食物摂取によって細菌性の病気に罹患する機会が著しく減り、さらには天日で乾かすかわりに火で焼くことによって強度を得た土器に乾燥させた余剰の食物を貯め、これが富の蓄積の源泉となった。

 


人類はその後、火からより高温の熱を得られるように工夫をこらし、熱によって金属を加工することを覚え、部族や民族間の衝突の解決手段として研ぎ澄まされた鉄で作られた武器を駆使して戦争を起すようになった。火は人類に富と力をもたらしたのである。

 


火とは酸素と他元素原子、あるいは他元素の分子との化合反応が放つ光と熱である。

 

西欧の二大文明潮流の一つであるヘブライニズムの祖、ユダヤ人は人類の祖先が知恵の実を食べて善悪を知るようになったことが人類と獣を分け、神の怒りをかったとする。一方で西洋文明のもう一つ潮流であるヘレニズムの担い手だったギリシア人は人類が酸素と他原子・分子との化合反応、すなわち火を制御したことが人類と獣を分け、オリンポスの大神ゼウスを激昂させたとする。

 


火を発見した人間の名前はギリシア神話では伝えられていない。ギリシア神話によると人類に火をもたらしたのは神の眷属である巨人のプロメテウスである。この行為によって大神ゼウスの逆鱗に触れたプロメテウスは地の果てに鎖で繋がれ、禿鷹などの猛禽類に日夜肉体をついばまれているが不死の肉体を持つため決して死ぬことができないという。

* *

 


紀元四世紀の西ローマ帝国の滅亡によってヨーロッパ世界は暗黒の中世に入ったとされる。しかし、三百年ほど後に勃興したイスラムの各王朝は学問を擁護し、高い文明を誇った東アジアやインドの王朝も高い学問水準を保った。これらの地域との交易を保ったヨーロッパ世界は十三世紀から十四世紀にかけてルネッサンスを迎えると今で言う物理と化学の両分野において天才的科学者を輩出し、近代の物質文明の礎を形成した。

* *

 

電気の発見と応用は確かに人類の生活に大きな利便をもたらした。しかしボルタ電池がそうだったように、電池は化学反応の可能性を探るうちにその一つの形態として発明されたと言える。動力を電気エネルギーに変える発電装置の発明も人類の知識パラダイムを覆す形でなされたわけではない。一方で本書がこれから語ろうとする複数のプロメテウス達によって人類にもたらされた核分裂の火は化学反応をはるかに超えるものである。その第二の火がもたらすエネルギー量は酸素と他原子あるいは分子との化合によってもたらされる第一の火のそれを桁違いに超え、その発生メカニズムはそれまでの科学の常識、例えばギリシアデモクリトスが唱えた物質の最小単位としての原子(アトム)の存在や元素の不変といった常識を覆えすことによって明らかにされた。

 


原子力という人類にとっての第二の火をもたらしたプロメテウス達は当然のことながらギリシア神話に登場する神の眷属ではない。プロメテウス達の誰を取ってみても並外れた知力を持つという以外は他と変らない、感情を持ち、他者と交わり、限られた人生を生きた生身の人間である。彼らは世界の果てに鎖でつながれることがなかったばかりか、彼らプロメテウス達の中で第二の火をもたらすために目に見える成果を収めた者はノーベル賞受賞などといった形で世界中から賞賛を受けた。しかし彼らが大胆にももたらした第二の火は人類全体に恩恵のみならず禍根をも残すことにもなった。恩恵はともかく禍根のほうについてはプロメテウス達だけに責任があるとは決して言い切れない。また受けた賞賛とは裏腹に限りある人生の終焉までその業績の故に悩み苦しんだプロメテウスもいたのである。なぜこのようなことが起きてしまったのか、それは第二の火を人類にもたらした プロメテウス達が鋭意活躍を開始した時が人類史上二番目にして最後であることを心から願わずにはいられない、あの第二次世界大戦の前夜だったからである。

* *

 


本書の物語の端緒を世界中の良識ある人々を嘆かせた第一次世界大戦勃発の何年か以前に設定する。

 

作品目次

 

「プロメテウス達よ」という書名の由来 に続く

 

 

 

【参考】

寺田寅彦 (ウィキペディア) 

青空文庫の寺田寅彦のページ

「相対性原理側面観」 (青空文庫)  

「アインシュタイン」 (青空文庫)

 

プロメテウスまたはプロメーテウス (ウィキペディア)

 

ヘブライニズム (ウィキペディア)

 

ヘレニズム (ウィキペディア)

 

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