【『プロメテウス達よ』エピローグに代えて】

「天然ウラニウム崩壊の発見から人工核分裂まで(オットー・ハーンのノーベル賞受賞講演)」6/7  

 

物理と化学の両分野において研究は非常に早い速度で進展しました。ウラニウムからバリウムが生じたことを報告する論文を発表してからたった一年後にはL. A. ターナーが発表し、アメリカの「現代物理学誌」に掲載された「核分裂」と題された論文の文献目録には高原子量元素の原子核分裂に関する百を越える論文の名前が含まれています。


第二次世界大戦の間、カイザー・ウィルヘルム研究所の化学部ではたいへんに複雑な核分裂の過程について生成される物質の化学的な解明を目指す研究が組織的に行われ、数多くの新しい反応過程が発見されました。日本では中性子が速度を減じずに照射された場合ウラニウム核分裂は速度を減じた場合よりも対称的に生じるということが発見されました。一九四五年の始めには、私たちは表3のようなウラニウム核分裂の結果として間接直接に生じる生成物の一覧表を作成していました。生成物には原子番号三十五番の臭素から五十九番のプラセオジムに至るまでの二十五種類の元素、百を越える放射性同位元素が含まれています。一九三九年までは超ウラニウムだと信じられていた放射性元素は全てが核分裂によって直接発生したか、直接発生した物質が変化して生じたもので、ウラニウムよりも高い原子番号を取得できるものはこの中にはなかったのです。


物理学の研究は問題の本質からは別の方向に進んでいきました。この点において特に重要なものはすでに説明したジョリオによる研究でした。一九三九年の春、彼は核分裂の過程において常に二つ存在する新しい元素と並んで中性子が放出されるということを実証しました。


中性子ウラニウム原子核に作用することによって原子核から新たな中性子が解放されますが、解放された中性子は別のウラニウム原子核に当たり、また新たな中性子を発生させるのです。


もしも一個以上の中性子が新たに発生するならば、この過程は新たに発生する中性子全てがウラニウム原子に当たり、連鎖反応を繰り返し、核分裂を際限もなく繰り返すでしょう。この現象は小さな雪の玉が雪崩の原因となることもあるようにとてつもない規模の結果を招きます。このようにして、原子力の実際的な応用が初めて達成可能になったのです。カイザー・ウィルヘルム研究所化学部のフリュッヘが最初にこのことに言及しました。


十年ほど前にジョリオはノーベル賞記念講演を次のように締めくくりました。
「もしも、過去に戻って進歩の度合いを加速している科学が達成したことに注目するならば、私達は科学者が元素を自由に作り上げたり破壊したりすることによって本当の意味での化学的連鎖反応を実現し、爆発性のある物質をこしらえるのではないかと考えるでしょう。こうした物質変換が成功して広まっていくならば、膨大な量のエネルギーが解放されて利用に供されることが想像できます。しかし、不幸にして、このようなことが地球上であまねく行われるようになれば、そのような物質の激変は憂慮をもって見られるだけになるでしょう。天文学者は中程度の大きさの星が突如として大きさを変えるさまを観測します。肉眼では見えない星が天体望遠鏡なしでも見られるほど明るくなることがあり、このような星を新星と呼びます。恐らく、このような星の出現は星が擁する、私達の自由な想像力が目下考えているような爆発性の物質の変化によるのでしょう。これは科学者たちが、願わくば必要な注意を払いながらも実現したいと考えている過程です。」


十年前には私達の自由な想像力が作り出す絵空事にすぎなかったことがすでにある程度、脅威的な現実となっているのです。原子物理学上の反応によって生じるエネルギーは人類の手中にもたらされました。これは自由な科学的思考を助けるために使われるべきなのでしょうか、社会の発展や人類の生存状況の改善のために用いられるべきなのでしょうか?または、人類が何千年もかけて築きあげてきたものを間違って破壊してしまうのでしょうか?答えるのに躊躇はないはずです。そして世界の科学者たちは疑いも無く最初の選択肢を実現するために努力するでしょう。


後記

これから後、数段落を費やして天然ウラニウム放射能の研究を通じて原子核の分裂を人工的に引き起こすに至った過程の概略を示します。しかし、これはウラニウムが持つ可能性をつくすものではありません。ウラニウムは主として原子量二百三十五と原子量二百三十八の二種類の同位体からなっていますが、前者はウラニウム全体のたった百四十分の一を占めているにすぎません。しかしながら、今まで説明してきた、減速された中性子による驚異的な力によって引き起こされる核分裂の過程はほとんどこの希少な同位体にのみ生じます。リーゼ・マイトナーと私がウラニウムへの中性子照射によって生じる半減期二十三分の物質が疑いも無くウラニウム同位体であるということを示すことができたということはすでに述べました。(当初フェルミは、後には私たちも、この短命な同位体ウラニウムの人工同位体であると考えましたが、実際、この物質は核分裂による生成物でした。)寿命二十三分のウラニウム中性子の速度を調整する「共鳴法」と呼ばれる方法によって生成されました。この物質はベータ線を発したので、正に超ウラニウム元素と言える原子番号九十三番の元素がその物質から生じていたのに違いないのです。私達は原子番号九十三番の元素を作り出したいと思ってはいましたが、そのための準備が不足していたので生成された物質を特定することができました。後にこの物質はアメリカにおいてベータ線を発しながら二.三日で半減する物質であると特定されました。この物質の原子量は二三九です。

(プロメテウス達よ 〜 原子力開発の物語 「エピローグに替えて」 7/7 に続く)

 

【参考】

ノーベル賞財団のサイトに掲載されているオリジナル(英文)  同講演の上記記録の11ページから13ページには同位体を系統的に整理した表が掲載されているので化学の知識が多少なりともある方には是非閲覧をお勧めします。

 

作品の目次  

 

作品の大トリにオットー・ハーンを選んだ理由

オットー・ハーン (ウィキペディア)

『プロメテウス達よ』第6章 冷戦 〜 エプシロン作戦

Operation Epsilon (Wikipedia)

 

リーゼ・マイトナー (ウィキペディア)

『プロメテウス』第2章  新時代の錬金術師たち〜赤ん坊は難を逃れる 

『プロメテウス』第2章  新時代の錬金術師たち〜雪の日の知らせ

 

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