【『プロメテウス達よ』エピローグに代えて】

「天然ウラニウム崩壊の発見から人工核分裂まで(オットー・ハーンのノーベル賞受賞講演)」4/ 7

 

この物質の分離は硫化バリウムを分離する方法ではなく、バリウム沈殿物を分離する方法で行われましたが、その方法によると表面に他の物質が吸着されます。しかし、塩化水素酸から結晶化して取り出すことが非常に容易でしかも他物質を吸着しない沈殿物として得られる塩化バリウムの形状で分離してみようとシュトラスマンが提案し、私たちはこの方法で分離を試みました。


放射線照射によるラジウムの生成は非常に顕著でしたが、エネルギーレベルを低下させた中性子の照射によってアルファ崩壊が同時に惹き起こされることはありませんでした。しかも、この方法によって「超ウラニウム」と目される複数の同位体が同時に生成されました。私たちは多方面に渡る実験を継続しました。しかしながら、準備はいつでも不足し、新種の同位体の中でも最も安定したものから発生するアルファ線さえ吸収されてしまったため、いつでも放射線照射をあまり受けない状態の生成物質の厚い層を分析することになってしまいました。したがって、私達はこの人工的に生成されたラジウムを分析が容易な被覆体としてバリウム単体からできる限り多く分離しようと努力を傾けました。これはマリー・キューリーが採用し、私たちが長年親しんできた部分結晶化の方法で実行されました。三十年前に、私はリーゼ・マイトナーと共に、この部分結晶法を用いてラジウム同位体の一つであるメソトリウムをバリウムから分離しました。


もっと最近では、多くの共同研究者たちの協力を得て、ラジウム塩やバリウム塩が混合結晶を形成する過程が統一的に明らかにされました。人工的に生成されたラジウム同位体バリウムから分離する試みはうまくいかず、ラジウムを濃縮した形で得ることはできませんでした。この失敗を実験準備の不備で説明することは自然でした。同位体の分離といってもほんの数千個の原子を集めるという話で、それらの存在はガイガー=ミュラー計数管によって知られるだけなのです。極少量の原子は大量に存在する放射能のないバリウムに埋もれてしまい、その量の増減さえもわかりません。バリウムが非常に純粋なバリウム塩として結晶・分離されてもその状況は同じでした。


この状況を確かめるために、私たちは天然に存在するラジウム同位体のメソトリウムとトリウムXをわずかばかり使って試験を繰り返しました。これらの物質や放射線崩壊による生成物質は混入元の物質から細心の配慮と手順が確立されている希釈法によってはっきりと分離されますが、ガイガー=ミュラー計数管によってその存在が確認されるよう、手はずが整えられました。結晶化は塩素、臭素、そしてクロム酸塩を使って実行されましたが、常にバリウム塩を担体として使用しました。


その結果、ラジウムの場合に予測されたのと同様、メソトリウムとトリウムXはまずそれらの塩化化合物の結晶として、実際、私達が従前の実験で期待していたのと同じようにまとまった形で凝縮しました。これによって、周到な実験準備によって極小量の天然のラジウム同位体も全く同様な結果をもたらすことが証明されました。


最後に私たちは「直接指標試験」と呼ばれる試験を実行しました。私達は天然のラジウム同位体を私たちが生成し、放射性崩壊によって生成された他の物質から分離した人工ラジウム同位体と混ぜ、その混合物からこれまでと同じ部分結晶法によって結晶を取り出そうとしました。その結果、天然ラジウムバリウムから分離されるものの人工的に生成されたラジウム同位体とみられる物質は分離されませんでした。


私達はそれらの結果をまた別の方法でも確認しました。もしも人工的に生成されたアルカリ土族の同位元素がラジウムであるとするならば、それがベータ崩壊してできる物質はアクティニウムを含んでいなければなりません。つまり、原子番号八十八番のラジウム原子番号八十九番のアクティニウムになるはずなのです。それに対して、もしもこの物質がバリウムだったとすれば、生成される物質はランタニウムでなければなりません。原子番号五十六番のバリウム原子番号が一つ上の五十七番の物質になるはずなのです。アクティニウムの純粋な同位体であるメソトリウム2を使って私たちは指標試験を実施しました。つまり、メソトリウム2をその存在が知られてういる人工ラジウム同位体の一つに混ぜ、キューリー夫人が実行したのと同じアクティニウムとランタニウムの化学的分離の方法を実行してみたのです。酸化ランタニウムをアクティニウムと共に部分結晶させる過程ではアクティニウムが最終的な結晶物質として凝縮しますが、実際にはこれをアクティニウムの同位体のメソトリウム2に置き換えるわけです。しかしながら、私たちが「ラジウム同位体」と呼んでいた放射線崩壊後の残存物質をランタニウムから分離することはできませんでした。この、アクティニウムと考えられていた人工希土類元素は実際にはランタニウム、つまりアルカリ土類の同位体であり、私がちがラジウムだと信じていた物質は人工的に生成された放射性バリウムだったのです。ラジウムからランタニウムを生成することはできず、バリウムからしかランタニウムを生成することはできないのです。


この事実を更に確かめるために私たちはバリウムの原子環を調べることにしました。私たちはバリウムであることが確かめられた存在する中で最も安定した放射性同位元素を放射線崩壊によって生じたその他の生成物や不純物から非放射性バリウムの再結晶の方法によって分離し、そのうち四分の一を比較のために保管し、残りに対してバリウム塩、バリウム琥珀酸塩、バリウム硝酸塩、炭化バリウムバリウム・フェリ磁性体塩などの形での結晶化を行いました。これらのバリウム化合物をほとんどの場合においてみごとな結晶に変換した後、実験によって生成されたバリウム塩と再結晶させた比較用のサンプルを同量取り出し、同じ厚さの層にして同一の計測器によって計測を行いました。

(プロメテウス達よ 〜 原子力開発の物語 「エピローグに替えて」 5/7  に続く)

 

 

【参考】

ベータ崩壊 (ウィキペディア)

アルカリ土類または第2族元素 (ウィキペディア)

ガイガー=ミュラー計数管 (ウィキペディア)

 

ノーベル賞財団のサイトに掲載されているオリジナル(英文)

 

作品の目次

 

作品の大トリにオットー・ハーンを選んだ理由

オットー・ハーン (ウィキペディア)

『プロメテウス達よ』第6章 冷戦 〜 エプシロン作戦

Operation Epsilon (Wikipedia)

 

【お知らせ】

下の画像は作りかけの本作品電子版の表紙です。出版社はお任せ出版社のアマゾン(Amazon International Services)です。ということは今のところアマゾン専用の電子ブックリーダーのキンドルのみで講読が可能だということです。こちらはそれほど高額ではありませんが有料となります。キンドル版には次のような優れた点があります。

・ 縦書き表示であること

・ 文字の大きさを変えられ、また字体を変えたり太字にしたりできること

さらにキンドルは数百冊以上の書籍を入れることができ、重量は文庫本並みです。アマゾンはお任せ出版社なので内容や誤字脱字などには自分で責任を持たないといけませんが精一杯努力する所存です。

 

f:id:kawamari7:20211231225417j:image