【『プロメテウス達よ』エピローグに代えて

「天然ウラニウム崩壊の発見から人工核分裂まで」1/7
オットー・ハーン
一九四六年十二月十三日
ノーベル賞受賞記念講演


(注:この講演の版権はノーベル財団にあり、原文を翻訳するに当たり同財団からの許可はいただいておらず、また英文からの翻訳の正確性を保証するものではありません。ご関心を持たれた方は是非ノーベル賞財団のサイト(英文)を参考としてご覧ください。)


一九四六年は元素発見の歴史において記念すべき年です。五十年前、一八九六年の春にアンリ・ベクレル放射能を持つ特筆すべき元素を発見しましたが、その時においては全ての放射線が同一であるとみなされていました。


一七八九年にクラプロートによってウラニウムが発見されて後、百年以上もの間、ウラニウムは希少な元素であるというだけで特に関心を呼び起こしはしませんでしたが、メンデレエフとロター・メイヤーによって周期律表が考案されてから、ウラニウムはある一つの理由によって他の全ての元素とは異なると考えられるようになりました。その特性とは、ウラニウムが周期律表の最後に位置付けられているということでした。しかしながら、そのことにさえも大した意味があるとは考えられませんでした。今日、私たちはウラニウムが周期律表の最後に位置付けられているというからこそ、他の元素とは異なる特別な性質を持っているということを知っています。


ベクレルが周期律表の最後に位置付けられているウラニウムが持つ放射能に気付いた後も、ウラニウムの基本的性格は科学者の間においてもあまり関心を引くことはありませんでした。しかしながら、二年後、キューリー夫妻がウラン鉱からポロニウムラジウムという二つの元素を分離することに成功した時からベクレルの発見は特別な意味を持つものとなりました。発見された二つの元素のうちの一つであるラジウムには同量のウラニウムの数百万倍の強さの放射能があったのです。


ラジウムが持つ驚くべき性質は発見後間もなく説明されるようになりました。放射性元素はある一定のきまりに従って、アルファ線、あるいはベーター線を発しながら化学的、物理的性格が全く異なる別の元素に変っていくのです。アルファ線の性格はラザフォードによって明らかにされましたが、プラスの電荷を帯び、ヘリウムの原子核と同じとみなされます。ベーター線はマイナスの電荷をもち、粒子としては電子と同じ性格を持っています。


一九○二年にラザフォードとソディーが提唱した原子崩壊の仮説を承認するならば、元素が不可分であるというそれまでの考え方は棄却されなければなりませんでした。放射線を伴うウラニウム原子が崩壊してポロニウムなどの放射性物質を経てラジウムに変化していく過程について研究が行われましたが、それと平行して、当時においては周期律表で最後から二番目に位置していたトリウムに関する研究も進められました。トリウムが変化した後にはラジオトリウム、メソトリウムトリウムXなどの強力な放射性物質が生じます。原子崩壊に伴ってアクチニウム系列と呼ばれる一群の元素も生じますが、第三番目に発見されたこれら一群の元素も元々はウラニウムを元祖とするのです。


一九一一年、ラザフォードは素粒子が物質を覆う薄膜を透過する様を組織的に研究することによって原子の化学的性質を説明するモデルを提唱しました。このモデルは元素の原子は、原子の質量を決定するプラスの電荷を持つ核とその周りを核の大きさに比べて非常に離れた距離で巡るマイナスの電荷を持つ電子からなっていると説明します。原子の核のプラスの電荷の値が周期律表上に並べられた元素の順番と完全に一致するのです。ある元素が放射線を放ちながら(他の元素へと)崩壊していく過程は通常の物理的、あるいは化学的な作用によって影響されることのない原子核の変化なのです。


元素が放射線を放ちながら崩壊するという自然の法則に確信を持ったわたしたちはこの崩壊過程を時間の基礎とするいわゆる「地質学的時計」を考案しました。実際、このように変化するウラニウムは多数の元素を経た後、最終的には安定した鉛になります。したがって、ウラニウム放射線放出と共に崩壊してできた鉛の量を計測することによって鉱物の年齢や精製される前の鉱物がもともと含まれていた地層の年齢を計測することができます。トリウムの変化によって最終的に生成される鉛はウラニウムが変化して生じる鉛とは別の種類ですが、トリウムでも同じことが可能です。研究は一層進み、放射線物質の粒子は原子物理学に各種の問題を解決する糸口となりました。


ラザフォードの原子核モデルに引き続いて、放射線はヘリウム原子核と同一であるということが確認されました。ヘリウム原子核の質量数は4であり、質量数が1である陽子の千八百分の一の重さしかない電子と比べると、比較的重い粒子です。そして、毎秒千五百キロメーターにも上 る速度で照射されるため、原子核に対して弾丸を浴びせるかのごとく作用することができます。他の方法では原子核に働きかけることはできません。そして、次の段階に至る極めて重要な発見をし たのも、天才であるラザフォードでした。ラザフォードは一九一九年にラジウムから放出される放射線、すなわちヘリウム原子核を窒素原子に照射した場合、そのヘリウム原子核が窒素の原子核に吸収され、水素原子核、すなわち陽子と共に新しい原子核を生成するということを実証しました。この過程は式に現すことができます。この式において、元素記号の下にある数字は原子核電荷を表し、上にある数字は質量数(原子量)を表します。残りのエネルギーは放出された陽子の運動に費やされ、陽子が原子核から放出されたものであることを示します。


ここに、人類初の人工的な元素の転換が実現しました。あるいは元素が転換したのではなく、原子が組み合わさったと言ってもいいでしょう。この場合、質量数が十四で原子番号が七の窒素の原子から質量数が十七で原子番号が八の酸素が作り出されたわけです。続く数年間の間に同様の原子の転換方法が発見されましたが、照射される粒子が正の電荷を帯びていたため、原子核がかなりの強さの陽電気を帯びている質量数の大きな原子では、照射される粒子と原子核とが反発しあい、質量数の大きな原子においては何らかの結果を引き出すには至りませんでした。


(プロメテウス達よ 〜 原子力開発の物語 「エピローグに替えて 2/7 に続く)

 

【参考】

アンリ・ベクレル (ウィキペディア)

メンデレエフ (ウィキペディア)

ラザフォード (ウィキペディア)

 

周期表(周期率表) (ウィキペディア)

放射線 (ウィキペディア)

原子番号 (ウィキペディア)

質量数 (ウィキペディア)

原子量 (ウィキペディア)、(注) 天然に存在する質量数が異なったり放射能があったり無かったりする化学的には同一の性格を持ついわゆる同位体元素についてであるのでかなり複雑な記述です。

水素原子 (ウィキペディア

ヘリウム原子 (ウィキペディア)

アクチニウム系列 (ウィキペディアアクチニウム原子番号89の元素

トリウム系列 (ウィキペディア)トリウムは原子番号90の元素

 

作品の目次

 

作品の大トリにオットー・ハーンを選んだ理由

 

オットー・ハーン (ウィキペディア)

『プロメテウス達よ』第6章 冷戦 〜 エプシロン作戦

Operation Epsilon (Wikipedia)

 

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