プロメテウス達よ 〜 エピローグに代えて

エピローグの前書き (ウェブ限定)

作品の目次

 

本作品の目次を既にご覧になった方ならご存じでしょうが、当初筆者であるわたしは本ウェブ版の「プロメテウス達よ」は第六章の「冷戦」で完結させるつもりでした。その理由は、わたしが知る限り、この段階(原子力発電開始と原子爆弾製造)に至るまでに活躍したプロメテウス(科学者)達がアインシュタイン原子爆弾の開発可能性を説くためにアメリカ大統領宛の書簡に署名することを薦めたユダヤ人亡命科学者らの一人で後に水爆の父と呼ばれたエドワード・テラー(2003 年没)以外全て冷戦の終結を見ずに生涯を終えたからです。しかしながら、わたしは既に第一章の中心人物を連合国、つまり勝ち組の科学者ではなく日本と同じ側に組したドイツのハイゼンベルクに定めて書き始めました。わたしとしては第六章で欧米の科学者の間で人気と人望があった日本人ノーベル賞受賞者湯川秀樹博士にいかに言及したところでいま一人負け組側の顕著な活躍をしたプロメテウスに登場してもらわないとこの物語の全体を締めくくれない思いがあります。ということで、最終章である第六章「冷戦」を締めくくる逸話は第一章「プロメテウスの揺籃の地」の中心人物だったハイゼンベルクとその師だったニールス・ボーアとの師弟愛の結末だったのですが、もうひと頑張りした内容の「エピローグに代えて」で描かれる、と言おうか独壇場に登壇する、俗に言う「トリを取る」のは広島・長崎に原子爆弾が投下されたことを原子力開発に功績があった科学者達の一員であり、そしてその中で誰よりも悲しんで自らを自殺の瀬戸際にまで追い込んだドイツ人化学者のオットー・ハーンです。

 

本作品の主題は人間の強さと弱さです。イタリア人とドイツ人の物理学者、同じ年に生まれて共にゲッチンゲン大学で学んで共に三十歳台でノーベル賞受賞者となったエンリコ・フェルミヴェルナー・ハイゼンベルクのうち共に実現を目指した原子力発電を、自由の国アメリカに移住したフェルミは達成し、独裁者が君臨する国家で研究を続けたハイゼンベルクは達成することが出来なかったのはフェルミ原子力が平和と繁栄の目的にのみ使用されることを信じ、一方のハイゼンベルク独裁国家において科学的心理を追求する自分の真摯な努力がナチスドイツに悪用されるのではないかという一抹の懸念を拭いきれなかったからではないでしょうか? そして物理学者ではなく化学者だったドイツ人のオットー・ハーンにとって中性子線照射後に原子核の組成を変えたらしい放射性物質の解析結果はリーゼ・マイトナーによる理論的説明を経て、正に敵側に利用されて広島と長崎の数万人の無辜の市民の殺戮に繋がってしまったのである。もちろん、広島と長崎における市民の殺戮を嘆いた科学者は連合国側にも多数存在したことは想像に難くありません。しかし連合国側のプロメテウス達は国家の承認と財政的な後押しを受け、亡命ユダヤ人達や物理学会の大御所たるニールス・ボーアらの悲憤慷慨を見聞きし、ドイツに留まるハイゼンベルクの複数の朋友達からハイゼンベルクの人となりや彼の愛国心に聞かされ、ナチスドイツのイギリスへの攻撃とアメリカの敵視に怯え、いわば原子爆弾製造に駆り立てられたせいでウラニウム235の97%超が前述235と化学的同一のウラニウム238が占める天然ウラニウムからの分離という途方もない難関を突破することによって原子爆弾が出来上がってしまったのである。ここに人間としての科学者の弱さと強さがある。これに加えて人類に新しい火をもたらした連合国側のプロメテウス達は戦争終結後、戦争終結に大きな役割を果たしたとして一般大衆からの絶大な賞賛があった。彼ら連合国側プロメテウス達は「広島と長崎以外で原子爆弾による死傷者が無いように。」という想いはあったでしょう、純粋な知的欲求から生じた結果を利用されてしまったオットー・ハーンの悲しみは彼ら連合国側の科学者の比ではなかったはずです。すなわちオットー・ハーンは広島・長崎で無辜の市民が命を落としたことを悲しんでくれたほとんど唯一のプロメテウスでした。

 

ここまでわたしは科学者(=プロメテウス)達の弱さについて連綿と述べてきましたが、では彼らの強さはというと、それは言うまでもなく彼らの頭脳です。頭脳こそがわたし達人類を地球上の他生物の追従を許さずわたし達人類を他生物とは一線を画する不動の地位に留めているのである。この点についてはこれ以上言葉を弄する必要はないでしょう。 ただ一つ付け加えたいのは原子爆弾の極秘裏の開発拠点だったロス・アラモスに集った科学者や技術者らは妻子の帯同を強く促され、妻が結核療養中だったリチャード・ファインマン(1965年に朝永振一郎ジュリアン・シュウィンガーと共にノーベル物理学賞を受賞)は妻の療養所をロス・アラモスのメサ(台地)の麓に移し、科学者・技術者に帯同した妻達で元々職があった者は離職を余儀なくされたがものの、彼女らのうちで大学教育を受けた者はにわか作りの小中学校で教師を務め、その他の妻達にもそれぞれの経歴に応じて役割が与えられ、連邦政府から潤沢な予算を与えられていたロス・アラモスのコミュニティは人的にも自給自足かそれ以上に充足していたということです。

 

門外漢のわたしがオットー・ハーンノーベル賞受賞講演を日本語に翻訳するのには大変な困難が伴いましたが、いかに稚拙な邦訳であってもプロメテウス達とはこのような人種であったのかという参考には資すると思われるので、ノーベル賞選考委員会の許可等々の万難を顧みず、お恥ずかしい限りではありますが掲載することにいたします。

 

(プロメテウス達よ 〜 原子力開発の物語 「エピローグに替えて」 1/7 に続く)

 

オットー・ハーン (ウィキペディア)


『プロメテウス達よ』第6章 冷戦 〜 エプシロン作戦

Operation Epsilon (Wikipedia)

 

ノーベル賞財団のサイトに掲載されているオリジナル(英文)  同講演の上記記録の11ページから13ページには同位体を系統的に整理した表が掲載されているので化学の知識が多少なりともある方には是非閲覧をお勧めします。

 

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