【読書ルーム(143) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス達よ』第6章 冷戦 〜 ソビエトとの確執 3/8 】   作品の目次   このブログの内容全ての著作権はかわまりに帰属します。


【あらすじ】

アメリカ政府はマンハッタン計画が進行中もオッペンハイマーの言動を秘密裏に監視していたが、1953年にオッペンハイマーを突然解任した。オッペンハイマーは科学者の代表として強気の姿勢を取ったが、アメリカによる二回目の水爆実験は日本の第五福竜丸の悲劇を生み、原水爆禁止の世論が高まった。世論に対抗するために赤狩りで名高いマッカシー上院議員はテレビに出演してオッペンハイマー共産主義者で政府の方針に逆らっていたことを匂わせる発言を行う。

 

【本文】

一九五三年を通じて、トルーマン政権下以上の厳しい目が秘密裡にオッペンハイマーに注がれ、この頃にはオッペンハイマーもさすがに自分が政府によって詮索を受けていると感じ始めていた。


オッペンハイマー原子力開発委員会に召喚されたのは一九五三年も押し詰まった十二月二十一日だった。


委員会の会議室を訪れたオッペンハイマーに対して民間人を代表する委員長のストラウスは親しく語りかけた。高校を卒業しただけで巨額の富を築き、独学と魅力的な人柄で連邦政府に信頼されるに至ったストラウスをオッペンハイマーはやはり信頼し、尊敬していた。しかし、原子力委員会の委員の中で大統領や議会強硬派に対してオッペンハイマーの解任を最も強く勧告していたのはそのストラウスだった。ストラウスの口から平然として洩れる言葉を聞くうち、部屋に入った直後に姿勢をくずして葉巻に火をつけたオッペンハイマーは、ストラウスの穏やかな表情や口調とはうらはらの、政府が決定したという自分に対する厳しい処遇に呆然とし、手にした葉巻が燃え進んで指を焦がすまで葉巻を口元に運ぶこともなかった。


原子力諮問委員長からの解任。今後、一切の公職からの締め出し」この身に覚えのない宣告を受け、オッペンハイマーはただうろたえた。委員会の会議室から出るとオッペンハイマーは直ぐにオッペンハイマー家のワシントンDCにおけるお抱え弁護士であるハーバート・マークスの事務所を訪ねた。手広く商売に手を染めていたオッペンハイマーの父は全米の主要都市で、お抱え弁護士ともいえる弁護士を知己としていたが、そのマークス弁護士の事務所にもすでにFBIによって盗聴器が据えつけられ、本来は弁護士と依頼人との間だけで極秘にやりとりされるはずの会話は全てストラウスや議会保守派に筒抜けとなって、ストラウスや議会保守派によるオッペンハイマーの糾弾を有利な方向に導いた。


その夜、弁護士マークスは法律家としてできることだけではなく、ロス・アラモスでオッペンハイマーの秘書をつとめたこともある自分の妻とワシントンDCに来ていたオッペンハイマーの妻キティーもまじえてオッペンハイマーの心労をなんとか癒そうと、オッペンハイマー夫妻を自宅に呼んで泊まらせることにした。懇談は夜更けになってもつきなかったが、昼間に起きた一連の出来事で疲れきっていたオッペンハイマーが先に寝室に向かった後、マークス夫妻とキティーが居間に留まって話し合いを続けていた間に、オッペンハイマーは二階の寝室付きの洗面所で大きな音とともに昏倒した。ただでさえも繊細なオッペンハイマーの神経は疲労の極限に達していた。


アメリカが一九五四年三月一日にビキニ環礁で行った史上二度目の水爆実験は予測を超えるTNT
火薬約千五百万トン相当の爆発の威力と人為の及ぶところではない風によって国際社会に思わぬ波紋を投げかけた。アメリカ軍による退避勧告の遅滞も重なって、近海で操業中だった日本のマグロ漁船、第五福竜丸が二十三人の乗組員と捕獲したマグロもろとも、被爆したのである。帰国後、強い放射能を示した第五福竜丸の船内のマグロは直ちに地中深く埋められて放棄され、乗組員のうち一人は半年後に死亡、一人は一年四ヶ月にもわたる入院生活を強いられた。他の乗組員にも程度の差こそあれ、放射線障害が生じた。この時からビキニ環礁の近海を汚染した放射能が人体に影響を及ぼさない強さに低下するまで、日本の遠洋漁船は太平洋での操業を自粛し、それだけではなく日本の遠洋漁船全体ですでに捕獲した百トン近くの水産物を放棄しなければならなかったxcix[15]。そして「なぜまた日本が?」という日本国民の声を背景に、日本政府はアメリカ政府に対して厳重な抗議を行った。


唯一の被爆国である日本が主張する理にかなった水爆実験停止の要求に、さすがのアメリカの世論もこれ以上の水爆開発に対してはある程度の疑問を表明するようになった。そのビキニ環礁での水爆実験から一ヶ月ほど経った四月五日、共産主義に対する呵責ない追求で知られる共和党選出のマッカーシー上院議員はテレビに出演して全米の視聴者に向けてこう語った。
「政府内部に潜入していた共産主義者水素爆弾の開発を遅らせました。政府内部の敵をまず一掃し
なければなりません。」


第五福竜丸被爆に同情し、日本政府による極めて真剣で理にかなった抗議に賛同するアメリカ国内
の世論を他に振り向けるためにマッカーシーはわざわざテレビに出演して衝撃的な報告を行ったのである。

(読書ルーム(144) に続く)

 

【参考】

ビキニ環礁 (ウィキペディア)

 

第五福竜丸 (ウィキペディア)

 

ジョセフ・マッカーシー/マッカーシズム (ウィキペディア)