【『プロメテウス達よ』第6章 冷戦 〜 功労者たちのその後 4/7 】 作品の目次
このブログの内容全ての著作権はかわまりに帰属します。
【要約】
マンハッタン計画に招聘される以前には長らく宇宙に憧れて天文物理を追求する学究だったオッペンハイマーとトルーマン大統領との会見は科学者達と政治権力との決定的な決裂の契機となった。
【本文】
ワシントンDCでオッペンハイマーはトルーマン大統領に接見する機会を得た。
オッペンハイマーが大統領の執務室に入ると、大統領は立ち上がってオッペンハイマーをにこやかに迎えた。大統領はマンハッタン計画の科学者の頂点に立って采配を振い、プロジェクトを成功に導いたオッペンハイマーの労をねぎらうつもりでいた。しかし、大統領が握手を求めてオッペンハイマーに手を差し出し、オッペンハイマーがその手を握り返した時、オッペンハイマーの口からとんでもない言葉が飛び出していた。
「わたしの手には血がついているような気がします。」
大統領は、この時には驚くよりも先に怒りを感じたと後に側近に語った。大統領の口から続いて洩れたのは当然のことながらねぎらいの言葉ではなかった。大統領は服のポケットからハンカチを取り出すとオッペンハイマーに差し出してこう言った。
「そう思うんだったらこれで拭きなさい。」
その後の大統領とオッペンハイマーとの会話は心の通わない形式的なものだった。オッペンハイマーが去った後、大統領は執務に戻りながら室内にいた側近にこう言った。
「あんなやつの顔は二度と見たくない。オッペンハイマーは原子爆弾を作っただけだ。原子爆弾を日本に投下するよう命令を下したのはこの私だ。xcvi[12]」
オッペンハイマーは自分の憂鬱の正体を見極めていた。原子爆弾が完成するまでオッペンハイマーは自分たちが作り上げようとしているものがこの世の中からあらゆる戦争を根絶すると無邪気に信じていた。しかし、原子爆弾が完成し、その威力を世界中に見せつけた今、オッペンハイマーが抱いていた期待は裏切られ、ナチス、ファシズムそして軍国主義を克服した後の世界は核兵器の完成によって新たな脅威と破壊の可能性に曝されようとしていた。
科学者小委員会は九月に再び会合を開いた。日本への原子爆弾投下の是非を検討した時とは異なり、
今回は四人全員の意見が政府に対して核兵器の脅威を訴えることで一致した。完成がすでに視野に入っている水素爆弾についてもその開発に絶対反対することで意見の一致をみた。広島と長崎の原爆投下によって原子爆弾は三キロ四方の市街を完全に破壊しつくすということがわかったが、水素爆弾は十五キロ四方を破壊しつくすと考えられた。
マンハッタン計画に従事した多忙な日々に返事を書くこともままならなかった友人からの手紙に目を通し、妻と共に初秋の砂漠地帯を車で巡りながら、オッペンハイマーは青年時代と同じ模索に耽り、そして二度と兵器の開発には携わりたくはないと思った。九月の終わりにワシントンDCを再度訪れた時、オッペンハイマーは十月にロス・アラモスで功労者に対する叙勲式が行われた後、原子力開発の最高責任者の職を辞してカリフォルニア州立大学バークレー校に戻ると政府関係者に告げた。
* *
(読書ルーム(138) に続く)
【参考】
【お知らせ】
下の画像は作りかけの本作品電子版の表紙です。出版社はお任せ出版社のアマゾン(Amazon International Services)です。ということは今のところアマゾン専用の電子ブックリーダーのキンドルのみで講読が可能だということです。こちらはそれほど高額ではありませんが有料となります。キンドル版には次のような優れた点があります。
・ 縦書き表示であること
・ 文字の大きさを変えられ、また字体を変えたり太字にしたりできること
さらにキンドルは数百冊以上の書籍を入れることができ、重量は文庫本並みです。アマゾンはお任せ出版社なので内容や誤字脱字などには自分で責任を持たないといけませんが精一杯努力する所存です。