【読書ルーム(136) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス達よ』第6章 冷戦 〜 功労者たちのその後 3/7 】  作品の目次

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【あらすじ】

原子爆弾投下前と同じ顔ぶれの四人でロスアラモスで開かれた科学者小委員会ではこれ以上の核兵器開発を推す者は誰もいなかった。ただ、各科学者は達成感のみならず忸怩たる思いを抱き、それはオッペンハイマーとローレンスの長年の友情にも影を投げかけた。

 

【本文】

長崎へのプルトニウム爆弾投下の翌日、八月十日に科学者小委員会の四人はロス・アラモスで会合を開いた。


会合の議題は戦後の原子力開発に対する政府の役割についてだった。四人は学問上の見通しを科学の素人からなる軍事小委員会に書き送ることよりも、原子爆弾完成にまで発展してしまった科学技術の力を政府としてどう制御するのか、その方法についての見通しを示唆することで意見が一致した。
「二、三年以内には別の大国が同様の兵器を製造し、近い将来に脅威となるでしょう。したがって、わたしたちはそのような兵器の製造を完全に阻止しないまでも困難にするような国際的な協調が是非とも必要であると考えます。」と報告書の中で四人は訴えた。


小委員会はさらに、ウラニウムプルトニウム起爆剤として重水をプラズマ状態にまで熱して核融合を惹起させることによって原子爆弾の数百倍、TNT火薬数百万トン分の威力の兵器が作れる可能性にも触れた。八月の終わりまでにオッペンハイマーがワシントンDCに出向いて科学者小委員会の報告書を軍事小委員会に手渡すことになった。


小委員会が解散した後、ローレンスがオッペンハイマーに声をかけた。
バークレーにはいつ戻るんだ?」オッペンハイマーは疲れきっていた。小委員会では最後の力を振り絞って議長役を務めたが、実際、長崎への原子爆弾投下の知らせを聞いた直後から、学生時代にオッペンハイマーを悩ませ久しく忘れていた憂鬱症の悪魔がオッペンハイマーの心中で再び不気味な姿を現し、原子爆弾の完成という大業を果たした後のオッペンハイマーの人格を蝕もうとしているのをオッペンハイマー自身が感じていた。オッペンハイマーはまず、こう答えた。
「プロジェクトの最高責任者としてまだやらなければならないことがあるから、それが全部終わったらだ。」
しかし、そのすぐ後でオッペンハイマーはローレンスに向かって冷たい口調でこう言い放っていた。
「それに、ハーバード大学コロンビア大学プリンストン大学から来ないかと誘われている。」
ローレンスはオッペンハイマーに「三十歳台の若い教授だったころに戻って、大学街の喫茶店で学生も交えて物理学だけじゃなくて文学や哲学や音楽の談義に花を咲かせようよ。」と楽しかった昔を思い出させようとして声をかけたのであるが、それに対するオッペンハイマーの冷淡な回答はまるで「ここでは私が一番偉いけれど、バークレーに戻ればノーベル賞受賞者で年上のあなたが先輩風を吹かせるでしょう。そんなのはまっぴらごめんです。」とでも言いたいげに聞こえた。ローレンスには返す言葉がなかった。オッペンハイマーは踵を返して立ち去った。


それから数日の間、オッペンハイマーはワシントンDCで軍事小委員会に提出しなければならない報告書の作成などで忙しく、ローレンスと膝を交えて自分の今後の身の振り方などについて語り合うことはできなかった。ワシントンDCについたオッペンハイマーは手書きの手紙をローレンスに書き送り、ローレンスに対するいつわらざる気持ちや友情、そしてワシントンDCでの軍事小委員会のメンバーや政府高官との出会いの中で特筆すべきことを伝えようとした。


「親愛なるアーネスト
ワシントンDCに来てみたが時期がよくなかった。何もかもがまだ混沌としているようだった。科学者小委員会からの報告書を軍事省次官のハリソンに渡そうとしたんだが、ワシントンDCにいる軍事小委員会のメンバーは半分以下だった。僕は残りのメンバーに対して、僕ら科学者が今何をどう感じているかを説明しようとした。もちろ
ん、僕ら科学者が政治家にとってどんなに厄介で手におえないように見えたとしても、僕らが国益のために最善を尽くしたという事実を強調することを僕は忘れはしなかった。だが、僕は、僕ら科学者はこれ以上原子爆弾の研究を続けることには乗り気ではないと言った。そんなことをするのは毒ガスを作るのと同じだ。彼らとの会話から、ポツダムでの会談があまりうまくいかず、核兵器の抑制についてソ連と折り合いがつかなかったということを感じ取った。会談でどの程度の努力がなされたのかはわからないが、スターリンチャーチルやアトリーはあまり協力的ではなかったようだ。ただし、これは単なる僕の推測ではあるが・・・。
僕がワシントンDCにいる間に良くないことが二つ起きた。一つは大統領が、大統領の許可なしには原子爆弾製造法全般に関する秘密を絶対に維持しなければならないと命令したことだ。製造法全般というのは実に広い範囲に及んでいる。もう一つは科学者小委員会からの報告書を読んだ国務長官が『目下の緊迫した国際情勢においては(原子爆弾)開発を今以上に推し進めるより他はない。』と明言したことだ。
                      君の変わらない友人であるロバートより」

(読書ルーム(137) に続く)

 

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