【読書ルーム(122) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス達よ』第5章  マンハッタン計画 (下) 〜 ドイツ人科学者達とリーゼ・マイトナー 】  作品の目次

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【本文】

ドイツの降伏とともに、連合国のジャーナリストたちがドイツになだれ込み、それまで風の便りでしか耳にすることのなかったナチス・ドイツユダヤ人に対する暴虐、強制収容所の内部や生き残ったユダヤ人たちの惨状を激写して世界中に報道した。六月にはそれらのニュース・フィルムの一部が、連合国からの原子爆弾開発プロジェクトへの参加を拒んでスエーデンへの帰化の準備を進めていたリーゼ・マイトナーの眼に触れた。同胞の無残な有様を目の当たりにしたマイトナーは激情にかられ、三十年の間協力関係にあったオットー・ハーンの住所に宛てて手紙を書き送った。


「あなたはナチス・ドイツのために働き、(ナチスに対して)ほんのわずかの抵抗姿勢しか示しませんでした。確かにあなたはナチスに迫害された私たちユダヤ人を助けてくれはしました。でも、それは良心の咎めを埋め合わせるためだったのです。何百万人もの罪もない人々が抵抗の言葉を発する機会も与えられずに死んでいったのです。あなたに対して私は訴えなくてはなりません。あなたがたみんなが知りながら黙認したことをドイツとあなたのために指摘しなければなりません。私も含めた多くの人間はこう思っています。あなたに残された唯一の(贖罪の)道は、あなたの受身の姿勢のせいで(ナチスの下で悲劇が)起きてしまい、起きてしまったことに対してあなたが連帯責任を負っているという事実を認めることです。それでも起きてしまったことは取り返しがつきません。あなたは友人を、同胞を、子供たちを裏切ってこの罪深い戦争において彼らの命を危険に曝してしまったのです。そしてあなたは自分の祖国であるドイツをも裏切ったのです。ドイツの敗北がすでに確実だったのにもかかわらず、あなたは武器を取ることもなく、ドイツが意味もなく破壊されるのを看過していたではありませんか。わたしが今になってはどうしようもないことを訴えていると思われるかもしれません。でも、私が真摯な友情からこの手紙を書いているということを信じください。」

 

マイトナーのナチス・ドイツに対する非難は自分自身にも向けられた。
「今、わたしは(ナチスがドイツを掌握した時に)直ちにドイツを去らなかったことは愚かなことだったばかりではなく間違っていたと思っています。あの頃、わたしはよくあなたに『あなただけではなくわたしたち全員が(ドイツの将来を思って)不眠の夜をかこっているうちはドイツには良い方向に向かう可能性が残っている。』と言ったものです。でも、あなたが(ドイツの将来を思って)眠れない夜を過ごしたことなどなかったのです。あなたは、(状況が)あまりに不快なので何も見たくないと思っていただけなのですlxxv[24] 。」


オットー・ハーンがこの手紙を読んだのはそれから何ヶ月も後だった。マックス・フォン・ラウエらと共に連合軍に「投降」したハーンはマイトナーの手紙があて先の住所に到着した時にはとうの昔に他の科学者たちと共に連合軍によって連れ去られ、パリ郊外で戦争捕虜のような生活を強いられていた。七月になるまでに、ドイツ降伏までに捉えられたハーン、フォン・ラウエ、ハイゼンベルク、ヴィルツ、バッヘらに加えて、ドイツの原子爆弾開発に何らかの関わりがあったとゴードスミットらが判断し、さらに捕らえられた五人の科学者を含めて計十人に膨れ上がったドイツ人科学者たちの全員はパリ郊外のベルサイユにしつらえられた粗末な仮ごしらえの宿舎で監禁された。定義の上では完全な非戦闘員である十人には戦争捕虜と同じ食事が与えられ、夜は簡易ベッドで雑魚寝させられた。二人のノーベル賞受賞者lxxvi[25]を含む、本来ならばどのような論理でもってしても自由を奪われるべきではない頭脳集団に与えられたあまりにひどい待遇を見て、誰かれともなく、十人が寝起きする宿舎を「はきだめ」と呼ぶようになった。そればかりではなかった。前年の十二月にハイゼンベルクチューリッヒに出張するという噂があった際と同様、「彼等十人のおかげでわれわれ英米人はとてつもない恐怖に曝され、多大な労働と出費を強いられた。十人をさっさと死刑に処すべきだ。」という乱暴な意見が下級諜報部員の間から飛び出した。アルソスや連合軍の責任者がこのような意見に耳を貸さなかったことは言うまでもないが、十人が寝起きする宿舎が「はきだめ」と呼ばれるようなひどい場所だったのは、処遇が決まるまで彼等はある程度の不自由に甘んじなければならないと連合軍の誰もが考えていたせいでもある。


十人はこの境遇がいつまで続くのか知らされず、ただ何らかの裁可が下ることを黙って心待ちにした。実際、核兵器開発に関する重大機密を握っているかもしれない十人のドイツ人科学者たちの処遇に関しては連合国のそれぞれの国が自分の国において丁重な待遇で長期間保護し、社会主義陣営が彼らを連れ去ることを阻止すると共に原子力開発に関する彼らの知識水準を確かめたいと主張したのであるが、英米の助力なしには独立を回復することができなかったフランスや大西洋によってヨーロッパから隔てられているアメリカではなく、やはりイギリスが主張を通し、十人はイギリスに送られることになった。しかし、十人は拘束の目的については解放されてドイツへの帰国が許されるまで知らされることがなかった。

(読書ルーム(123) に続く)

 

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