【読書ルーム(114) プロメテウス達よ- 原子力開発の物語】

【『プロメテウス達よ』第4章  マンハッタン計画 (上) 〜連合軍のお尋ね者 3/4 】  作品の目次

この記事の内容全ての著作権はかわまりに帰属します。

 

【あらすじ】

調査に当たってゴードスミットはハイゼンベルクと自分との間に物理学を絆として培われた篤い友情が以前には存在したことを思い出さないわけにはいかなかった。一方で行方不明になったハイゼンベルクは南ドイツの妻子が住む自宅に逃げ帰ったとしか思えなかった。戦後処理がフランスに託され、未だドイツ軍が降伏せずに抵抗の姿勢を見せているこの地にアメリカ人軍人から成るアルソスの行動部隊は危険を冒して潜入し、ハウゼンベルクを拘束・護送する。

 

【本文】

アルソスの行動部隊はハイゼンベルクとフォン・ワイゼッカーがシュトラスブルグ郊外の繊維工場の中にしつらえた仮の研究所から各種の物件を押収してハイデルベルグのアルソスの拠点に運び込んだが、その書類の山の中から、一九三九年の夏にミシガン州アン・アーバーの風景を背景にして撮影された、仲良く肩を並べて微笑しているゴードスミット自身とハイゼンベルクの写真が出てきた。その写真は、ナチスの台頭と戦争さえなければ決して失われることがなかったはずの、学問への情熱を絆としてハイゼンベルクとゴードスミットの間に培われた篤い友情の証だった。しかし、強制収容所での両親の死亡の可能性が日を追うごとに増し、かつての友人ハイゼンベルクが行ったかもしれない戦争犯罪に関する調査を進めるゴードスミットの心中は複雑だった。

 

四月三十日、ヒトラーは愛人エヴァ・ブラウンとともに自殺し、ドイツの降伏は時間の問題となった。翌日、パッシュらは四台の車と十人の部下を従えてドイツ南東部ババリア州の山の麓にあるコッヒェルという町に迫った。山の反対側のウアフェルトにハイゼンベルクの妻子が居住していることは周知の事実だった。ベルリン陥落の後、シュトラスブルグの近郊での聞き込みによってもパッシュらはハイゼンベルクを発見することができず、シュトラスブルグの近くのクラインティッセンという街に住む兄のもとを訪れた後、ハイゼンベルクは忽然として消息を絶っていた。アルソスの行動部隊はドイツのほとんど全域で掌握した研究所設備やその周辺で得た情報によってもハイゼンベルクの居場所はわからなかった。最後に姿を見かけたというクラインティッセンから幹線道路(アウトバ ー ン)の要所で行われていた厳しい検問をハイゼンベルクがどうやってかいくぐって移動したのかパッシュには想像がつなかったが、ハイゼンベルクが身を潜めることができるのはどうあっても妻子が住む南ドイツのウアフェルト以外にはないとアルソスの行動部隊は判断した。問題は、ドイツの降伏がもはや時間の問題であるとはいえ、ウアフェルトのある地域にはまだ根強いナチス親衛隊の残党などが残り、こういった狂信的な軍隊組織の内部では敗戦の責任などを巡って血なまぐさい処刑劇などが行われているということだった。ノーベル賞受賞者である一人の卓越した物理学者の身柄を拘束するために、アルソス・ミッションの行動部隊は後にパッシュが「ミッションの活動期間中を通じて最も血なまぐさく劇的だった」と回想する一日を経験することになった。

 

パッシュらはウアフェルトと山麓をはさんで反対側にある町コッヒェルに到着したが、山麓を巡ってコッヒェルからウアフェルトに通じる道と橋梁が破壊されて不通になっていることを知り、しかたなく、雪に覆われた山頂を望む山道を通ってウアフェルトに向かった。予測されたとおり、ドイツ軍の残党がウアフェルトに到着したパッシュの一行を見とがめるやいなや、アルソスとドイツ軍の残党との間で銃撃戦が始まり、パッシュらの発砲によって二人のドイツ兵が倒れた。パッシュの一行からは負傷者も出ず、残りのドイツ兵は退散した。しかし、それだけではなかった。ハイゼンベルクを追ってウアフェルト市中で聞き込みを行う一行にオートバイに乗ったドイツ軍の将校が白旗を掲げて近づき、同市内に駐留する残党の完全な降伏を申し出た。降伏を申し出た敵軍に条件などを提示することはパッシュらの役割でもアメリカ軍の役割でもなかったが、ハイゼンベルクの拘束という目的を遂行するために当事者の権威を装わない法はなかった。人数において圧倒的な敵軍の降伏の申し出を受け、たった十人の戦闘員と二台の車からなる一行の責任者パッシュは米英の大軍がコッヒェルに迫っていると平然として嘘をつき、投降した士官にコッヒェルとウアフェルトの間の道と橋梁の即時の修復を約束させて一旦は山道をたどってコッヒェルに退却したlix[8]。

 

五月三日の早朝、パッシュらの一行はウアフェルトに通じる修復された道と橋梁を通って楽々とウアフェルトに到達し、山腹にあるというハイゼンベルクの自宅を訪れた。アルソス・ミッションの最大のお尋ね者、ハイゼンベルクは自宅のベランダから山腹に広がる湖を静かに見下ろしていたが、パッシュらの来訪を知らされると落ち着いて彼等を中に招き入れた。書斎の机の上には書類が散乱し、ハイゼンベルクが取り留めのない想いに捕われていたことを示していた。ハイゼンベルクの妻子らはノーベル賞受賞者であり、ドイツ内外の科学者から尊敬を集め、家庭においては良き夫であり父でもあるハイゼンベルクが外国人によって連れ去られるの目の当たりにした。ただ、いつかはこんなこともあろうかと覚悟をしていた妻のエリーザベトにとって信じられなかったのは、それがドイツの降伏までにはまだ間があると思われていた時に起きたことだった。ハイゼンベルクの拘束によって、アメリカを始めとする連合国が抱きつづけてきたナチス・ドイツによる連合国への原子爆弾投下の悪夢は完全に消え去った。

(読書ルーム(115) に続く)

 

【お知らせ】

下の画像は作りかけの本作品電子版の表紙です。出版社はお任せ出版社のアマゾン(Amazon International Services)です。ということは今のところアマゾン専用の電子ブックリーダーのキンドルのみで講読が可能だということです。こちらはそれほど高額ではありませんが有料となります。キンドル版には次のような優れた点があります。

・ 縦書き表示であること

・ 文字の大きさを変えられ、また字体を変えたり太字にしたりできること

さらにキンドルは数百冊以上の書籍を入れることができ、重量は文庫本並みです。アマゾンはお任せ出版社なので内容や誤字脱字などには自分で責任を持たないといけませんが精一杯努力する所存です。

 

f:id:kawamari7:20220101131737j:image